ヘンリーとの会話
元老院の諮問会議から戻ったばかりのヘンリーはイツキの部屋のソファーにどんと腰を落とした。
相当精神的に疲れたようにも見えた。しかしヘンリーは笑いながら
「謀略とは聞き捨てならんな」
とイツキに応えた。
「そうか、充分、策士だとは思いますけどね」
イツキは笑いながらそう言って、珈琲を淹れようと立ち上がった。
ヘンリーはソファーに深々と身を沈めながら
「上手くいったよ。ふぅ。でも疲れた……」
とため息交じりに笑った。
「そうか、それは良かった。お疲れさんでしたね。僕も無駄骨にならずに済んで良かったですな」
とイツキも安心したように笑った。
「当たり前だ。イツキの努力を無駄にするような事をこの僕がするわけないよ」
「はい、信じておりましたとも」
笑いながらイツキはヘンリーの前に珈琲を置いた。
「でもちょっと気になる事があったけどね」
「なにか? 言われた?」
「いや、その逆だよ」
「逆?」
「そう、逆……」
そう言うとヘンリーはカップを皿ごと持ち上げ香りを味わってから珈琲を飲んだ。
「うん。香りも良い。美味しい珈琲だ」
「それはどうもありがとう」
「取り敢えず、国王陛下はギルドで魔族系の職種を我々が扱う事に対しては事実上のお許しをお与えになった。それは元老院の議員も認めてた。なのでこれから魔族系の職種をどんどん勧めて欲しい」
「オーフェンも喜ぶと思いますよ。で、もう紹介を初めても良いのかな?」
そう言うとイツキも珈琲を飲んだ。
「そうだねえ……良いよ。転職の神殿への手続きは今日中に終わらせるし、新規登録者ならここでできるからな」
「了解。早速勧めてみるよ」
「よろしく頼むよ。ところで、イツキも気がついていると思うけど、転移者……特に勇者と呼ばれる完遂者はこの世界にとって脅威になる。その脅威に気がついている人は少ないが、いない訳ではない。その筆頭がペール・シュナイダー侯爵である事は気がついていたか?」
ヘンリーは厳しい表情で聞いた。
「薄々はね……僕が近衞に入る時は結構反対していましたからねえ……その割には最近は勇者や転移者を雇っているみたいですが……」
「そうかぁ……イツキも知っていたか」
「だって、ここはギルドですからねえ……私兵の募集も大抵はここを通しますからね。逆にここを通さないという事はやばい仕事だという事になりかねませんからね」
「なる程……。自分の立場を忘れていたわ」
とヘンリーは笑いながら自分がこのギルドマスターである事を思い出した。そしてまた珈琲を飲んだ。
「頼みますよ。ギルマス。忘れないでくださいよ。自分の仕事を」
イツキも笑いながらヘンリーにツッコミを入れた。
「そうだな」
とヘンリーは笑いながらも目は笑っていなかった。勿論イツキもそれを見逃さなかった。
「そのシュナイダー侯爵が何か言ったんですか?」
「いや、イツキの近衞をあれだけ反対していたシュナイダー侯爵だが、魔族への転換の件どころか今回オーフェンとの間をイツキに取り持って貰うつもりだと言っても何も言わなかった。今回はこの件に関しては彼はひとことも自分の意見を言わなかった」
「へ~。そうなんだ。あの侯爵がねえ……」
とイツキにとっても今の話は予想外だったようだ。
ついでにイツキは今知り得ているシュナイダー侯爵に関する情報をヘンリーに語り始めた。
「でもまあ、今のところは大丈夫ですよ。何も動きは無いようです。あそこに雇われた勇者にしろ冒険者にしろ大抵の奴等は知っていますからね。その勇者の一人は、たまにここに来て飲んで帰りますよ。なんせギルドのレストランは情報源ですからね。彼がギルドに来た時は僕の事務所に顔を出してくれますから、シュナイダー侯爵のところの情報も教えてくれますよ」
とイツキは情報収集の経緯を語った。




