ヘンリーの忠誠
シェーンハウゼンは少し考えてから
「それは……ペール・シュナイダーか?」
とさきの元老院に同席していた貴族の名前を挙げた。
「左様でございます。本日何一つ発言を為されなかったペール・シュナイダー侯爵です」
「それだけで侯爵が謀反を考えているという証拠にはならんぞ」
「私もそこまでは申し上げておりません」
とヘンリーは首を振った。
「そうか、それを聞いて安心したわ」
「ただ、その時にシュナイダー卿は私と同じ事に気が付かれたようです」
「なんだと?」
シェーンハウゼン侯爵は身を乗り出して聞き返した。
「最初は転移者を陛下の御傍に侍らす事を反対しておられましたが、途中で自分が転移者を雇う事を思いつかれたようです」
「そうなのか?」
「ふと、シュナイダー卿の言動を聞いていて私はそう感じました。それで一応調べてみましたが、やはりこの一年間で勇者を三名ほどと転移者を十名ほど雇い入れております」
「何とも素早いのぉ、卿は……」
「どこまでシュナイダー卿が転移者を利用しよと考えているかは分かりませんが、これからも卿にたいしての注意は怠らないようにしようと思っております」
シェーンハウゼン侯爵は少し考えて
「今の話はワシは聞かなかった事にしておいて良いのだな」
とヘンリーに言った。
「はい。全ては私の独断で密かに行った事であります」
「分かった」
シェーンハウゼン侯爵はそう答えるとこの話題を打ち切った。
今ここでシェーンハウゼン侯爵がシュナイダー侯爵の動きを怪しんでいると感づかれるのは得策ではないと二人は暗黙の了解で理解した。
もしシュナイダー侯爵に感づかれたとしてもそれは、ヘンリーが勝手に行き過ぎた行為をしたという事で問題はそれ以上大きくなりはしない。が、シェーンハウゼン侯爵まで関わっているとなると話がこじれる可能性が大きくなるのを二人は懸念したのであった。
「そういう、色々の可能性も考えて今回の魔族職を新設を提案したのであります。転移者同士で争わせる事で、転移者の数をこれ以上増やさないようにすることが可能であると考えました。また魔族が増えてくれば、注意はそこにしか行きません。国同士が戦う前に、今までのように魔族への注意を最優先させるようにするのが肝要です。
本当の目的は転移者を魔人にするのではなく、魔獣を増やす事に有るのです。魔獣を狩っている間は人は平和でいられる訳ですから……」
「成る程のぉ」
「もし、今日、シュナイダー卿が反対意見を強硬に述べられたら、この話までしたかもしれませんが……今日は一言も意見を述べられませんでしたからね。私も余計な事を言わずに済みました」
とヘンリーは笑顔を見せた。
「そうかぁ……それを聞くと更にシュナイダー卿が何を考えているのかが分からなくなるな」
とシェーンハウゼン侯爵は呟いた。
「はい。その通りでございます」
「ところで、イツキはそれに気が付いて近衛を辞めた……という事は?」
「はい。その可能性は有るでしょう。彼もそういうところは敏感に察しますから……」
イツキが近衛師団に居る事は、シュナイダー侯爵のように私兵として転移者を雇う事のメリットに気が付く貴族を増やしかねない。また、イツキ自身の存在が貴族たちの不安の元になる事を危惧したのかもしれない。
「そうだのぉ。そのイツキが我が王国に反目する可能性は?」
「今のところはないでしょう。元々彼にそういう欲は無いですから。それでも一応その心配を打ち消す為に彼をうちのギルドに入れたんですから……」
「成る程のぉ……何故伯爵である卿がギルドマスターなんぞするのかと思っていたが、そういう事か」
「はい。シェーンハウゼン侯爵だけには申し上げますが、その通りです。この王国の命運……いや、この世界の命運を左右する力を持ってしまった男が一人ここに存在しますから。幸いにも彼は陛下の事を慕っております。まず彼が反目する事は無いでしょう」
「それを聞いて安心した。兎に角、イツキと卿が居てくれれば陛下はご安心だ。頼むぞ」
「心得ております。シェーンハウゼン侯爵のお心を煩わすような事はどんな手を使ってでも止めてみせます」
「期待しておるぞ。ヘンリー」
最後はいつものように親しみのある笑顔をヘンリーに向けたシェーンハウゼン侯爵であった。
ヘンリーはシェーンハウゼン侯爵の部屋を辞すると、馬車に乗りギルドに向かった。
車中もヘンリーは考えを張り巡らせていた。
馬車がギルドの前に着いた。
ヘンリーは馬車から降りると、自分の部屋に戻る前にイツキの部屋の扉をノックした。
中から「どうぞ」という声が聞こえた。
ヘンリーは扉を開け中に入った。
「職を探しているんですが……」
と笑顔で言うとイツキはそれを見て笑って答えた
「今なら、謀略好きな黒騎士職をご紹介出ますが……」




