シェーンハウゼン侯爵の部屋
元老院が閉会した後ヘンリーは、宮殿内のフィリップ・シェーンハウゼン侯爵の部屋に居た。
丸テーブルに座り二人で紅茶を飲んでいた。
シェーンハウゼン侯爵は 、貴族の中でも常に国王の影となり盾となりこの国を支えてきた重鎮の一人である。そんな彼をこの国の他の貴族達も一目置いて尊敬していた。
侯爵はヘンリーを若いころから可愛がっていたが、政治の場面ではヘンリーは間違いなく侯爵の参謀として片腕を担っていた。
「今回は上手くいったのぉ、ヘンリー」
シェーンハウゼン侯爵はティーカップを置くと口を開いた
「はい。思った以上に順調に事が運びました」
「まあ、反対しようにも、この状況ではあれ以外に方法は思いつかんだろう……」
シェーンハウゼン侯爵は計画通り事が進んだので気持ち良さそうに笑った。
「はぁ」
ヘンリーは生返事で返した。
「うん? なんじゃ、何か他に有りそうな口ぶりじゃのぉ」
ヘンリーは迷っていたが意を決したように語り出した。
「もう一つ、転移者を活かす……いや利用する方法があります」
「そんな方法があったのか? それはどんなものか?」
「それは転移者だけの軍隊を作る事です」
「転移者だけの軍隊とな?」
シェーンハウゼン侯爵はティーカップを持ち上げて口元に運んだ。
「先ほど卿は軍隊に入れても意味は無いと申していたではないか?」
と侯爵はヘンリーに詰め寄った。
「はい。それは申し上げました。今、私が申しあげている軍隊とは魔獣討伐の為の軍隊ではございません」
「と申すと?」
「はい。今現在、勇者と呼ばれる魔王を倒した完遂者は百人程度おります。この者たちは力の差こそあれ一騎当千の強者です」
「それは分かっておる。しかしそんなにも勇者が居たとはのぉ……それらが百人いるだけでもどこの国の軍隊も勝てないであろうよ」
「そうです。閣下の仰る通りです。勇者が百人も居れば一万や二万の軍隊はゴミ同然です」
「そんな軍隊を一体どこと戦わす気じゃ?」
とシェーンハウゼン侯爵はヘンリーに尋ねた途端
「まさか……」
と目を見開き絶句した。
ヘンリーの目元に怪しい光が浮かんだ。
「そう、そのまさかでございます。その最強の軍隊を他の国へ向けるのです。我が国は転移者が一番多い国です。勇者と転移者の数では他の国を既に圧倒しております。その上、我が国にはイツキがおります。彼が居るだけで相手国の勇者は戦意を失います。世界制覇も夢ではありますまい」
「それを誰かに言ったか?」
シェーンハウゼン侯爵は声を潜めて聞いた。
「いう訳がございません。国王陛下にさえ申し上げておりません」
「卿も恐ろしい事を考えるのぉ……」
シェーンハウゼン侯爵は深く椅子に座り直した。
「私はいつも起こり得る可能性を考えているだけです」
「そうじゃのぉ、それが卿の仕事だからのぉ……」
シェーンハウゼン侯爵はそういうと少し考え込んだ。
「つまり我が王国だけでなく、既に他の国も同じ事を考えている可能性があるということか?」
シェーンハウゼン侯爵の目に厳しいものが現れだした。
「そういう事でございます。我が王国の次に転移者が多いカラク王国なら気がついてもおかしくはないでしょう。現状では転移者の多くが最初に転移してきた地が我が王国であったという事で、ここを故郷のように感じておりますが、条件に依っては他国の兵とならんとも限りません」
シェーンハウゼン侯爵は眉間にしわを寄せ黙って聞いていた。
「それとまだあります」
ヘンリーは続けて話した。
「まだあるのか? 聞きたくはないがそうも言えぬのぉ……申してみよ」
「はい。今のは国家単位で申しましたが、貴族の私兵として雇い入れた場合はどうでしょう?」
「それは……」
シェーンハウゼン侯爵の目が再び大きく見開かれた。
「口にするのも憚れますが、陛下に対して弓を引く輩もおりますまいか?」
「う~ん。卿は本当にロクでもない事ばかり思いつきよるのぉ……」
とシェーンハウゼン侯爵は天井を見上げた。
「あくまでも可能性の問題です」
ヘンリーはまた同じように応えた。
「もしかして、それ故にイツキを近衛師団に入れたのか?」
「ご明察にございます。彼が陛下の傍に居れば陛下に指一本触れさせる事は有りますまい。そう思い彼に、転移者の中で唯一爵位を授け近衛兵の師団長に抜擢したのであります。その当時は転移者が爵位を受けることなど有り得ませんでしたが」
「成る程のぉ。卿は本当に忠義の者だのぉ」
「いえ。侯爵の足元にも及びませんが……さて、その時にイツキに爵位を授け近衛の師団長にするのを一番反対したのは誰であったでしょうか? 覚えておいでですか?」
とヘンリーの瞳に愁いの影が差した。




