元老院 その3
静寂を破るようにフランツ・ミゼット侯爵が口を開いた。
「魔人や魔獣が増え過ぎる事はないのか?」
「それはないでしょう。既にこれほど減っているのです。増えるのには時間がかかります。もし万が一そうなりそうな時は、このシステムを止めて元に戻せば冒険者たちが駆逐してくれます」
とヘンリーは静かにそれでいてはっきりと言った。
「なる程……」
ミゼット侯爵は納得したようだった。
「話を続けます。それと同時にダリアン山脈周辺を魔獣保護区域として、ここでの冒険と魔獣退治を禁止します。期間は一年間を予定しています。順調に増えていたらそのまま解禁にしますし、まだ足りないようであればそのまま一年単位で延長を考えております」
「如何でしょうか?」
ヘンリーは話を終えた。
元老院はまた沈黙が支配した。
「これは我国だけで行うのか?」
沈黙を破り、カール・ヨードル侯爵がヘンリーに尋ねた。
「はい。今のところ転移者が異常発生しているのは我が国だけです。他の国の転生者の数は我が国ほどではないようです。ただ魔獣の数は我が国の冒険者が遠征しているので、他の国でも激減しているようですが……」
「そうか……」
「これを認めたとして、これからどう進めていくつもりであるのか? ギルマン伯爵」
そう尋ねてきたのはウィリアム・クンツェン侯爵だった。
「先ずはダリアン山脈エルガレ山の魔王オーフェンにギルドでの黒騎士・黒魔導士・黒魔女等の職種の取り扱いの許可を貰い、その者たちの受け皿を作って貰うつもりです。ご存知の通り、エルガレ山のオーフェンはこのロンタイル大陸では最強の魔王です。まずここを抑えます。
その後ダリアン山脈一帯を魔獣保護区として1年間の冒険・魔獣退治を禁止します」
「次に、他の峡谷・洞窟での冒険・魔獣退治を順次禁止していく予定です」
「一年以内の期間ですが国内及びテミン国での魔獣退治は全面禁止となります」
ヘンリーは次々と施策を述べていった。しかし既にイツキがオーフェンに会って了解を貰っている事はこの場では伏せた。この事実を知っているのは国王とシェーンハウゼン侯爵だけだった。
「して、オーフェンとの交渉には誰が向かうのか?卿がお行きになるのか?」
クンツェン侯爵は改めて尋ねた。
「いえ。私ではありません。イツキが参ります」
「イツキとな?」
「はい。先の近衛第一師団師団長だったイツキ・フォン・ケイタ・ツェッペリンであります」
「おお、あのイツキか……」
元老院の貴族は全員イツキの事を知っていた。
「ご存知の通りイツキは唯一の五大陸制覇者です。それ以外も七つの海と九つの峡谷をも制覇しております。その彼に国王は男爵の称号をお与えになりました。この大任は彼しか可能な人間はおりません。また、唯一イツキはオーフェンに一人で勝負を挑んで勝利した人間でもあります。この世界最強の勇者と言っても過言ではないでしょう」
「成る程……」
クンツェン侯爵は満足げに頷いた。
ヘンリーは一瞬国王の表情を窺った。ヘンリーがイツキの名前を出した瞬間、国王は目を細めて笑ったようだった。ヘンリーの記憶が正しけれは、イツキは国王のお気に入りの騎士だった。
「他に何かご質問はございませんでしょうか?」
ヘンリーは元老院の貴族に問いかけた。
口を開いたのは国王だった。
「イツキは今何をしておる」
「は! イツキは今、当ギルドでキャリアコンサルタントとして転移・転生者の面倒を見ております」
ヘンリーは思わぬ国王からの質問に緊張しながら答えた。
「ほほ~。キャリアコンサルタントとな? あやつも相変わらず酔狂な奴よのぉ。まあ、良い。また一度、余のチェスの相手をしに参れと伝えてくれんかのぉ。伯よ」
「は! 心得ました。しかと申し伝えます」
ヘンリーは椅子から立ち上がり礼をした。
この国王の一言で、今回の議題は国王の裁可が下りたものとなった。
頭を下げた状態でヘンリーはこの会議で一言も発言をしなかったペール・シュナイダー侯爵を見た。
シュナイダー侯爵は無表情で国王の顔を見ていた。
「一番反対すると思ったのだが……読み違いか……」
ヘンリーは頭を下げたまま国王が退席する音を聞いた。
他の元老院の貴族も立ち上がり頭を下げた。
国王は静かに部屋を出て行った。
その後をゲルトール・キッテル公爵が後を追いかけるようについて行った。




