元老院 その2
「そうです。皆様が今ご想像の通り、冒険者たちは他に職を求めないと立ち行かなくなります……という事は現在、我が国民が就いている職業に冒険者たちが流入する事になります。
転移者の勢いは今のところ衰える事を知りません。将来に渡ってこの状態が続くのか? あるいは数ヶ月先には収まるのか? 今の現状では全くわかりませんが、収まる事はないだろうと思われます。
故に、将来的には国民と転移者たちとの間で仕事の取り合いが始まる可能性が大きいと言わざるを得ません。また元々力あるかの者たちが大人しく、大人しく普通の職業に就くとも思えません。それはそれで風紀上由々しき問題となります」
「このままこの現状を座して手をこまねいていると遅かれ早かれ現実のものとなり、街には職に溢れた者が徘徊し、職を探して国民は怨嗟の声を上げるでありましょう。そして何もすることが無くなった転移者も、力を持て余し街を徘徊するならず者となる事も考えられます」
場に重たい空気が漂った。
ここまでの話は元老院では共通認識として既に理解されていた。
「そこまでは我々も分かっておる。そこでどうするか? 卿の話が聞きたいのじゃ」
ゲルトール・キッテル公爵が口を開いた。公爵は国王の弟で、性格は温厚で控えめ。若い時から兄を敬い今でも国王の一番の理解者だった。
「それでは申し上げます。まず異世界からの転入は止められません」
ヘンリーがそう言い切ると
「ああ、やっぱりな」
と元老院の貴族からどよめきに似た声が上がった。
それが収まるのを待ってヘンリーは続けた。
「じゃあ、やってきた転移者をどうするか? 牢屋にぶち込みますか? 断頭台の露として消しますか?……我国はそんな無慈悲な国ではありません。違いますか?」
「軍人にするというのはどうじゃ?」
と元老院の一人の貴族が聞いた。
「それも考えました。ただわが軍はそもそも魔獣討伐の為の軍隊です。魔獣が居ないのに入隊させるのは本末転倒であります」
この世界の軍隊の一番の目的は、魔獣や魔族から国民を守る事であった。しかしその任務のほとんどを冒険者たちが担ってくれていた。
今、この国でまともに軍隊として機能しているのは、王都を守る近衛兵団位しかなかった。
元老院の貴族はヘンリーの意見を聞くと全員頷いた。
「それで考えたのが、まず転移者には二つの選択肢を授けます。一つは今まで通りの冒険者ななる道を。もう一つは魔人を選ぶ道です」
「なんだとぉ? 魔人だとう?」
「そんな事をしたら魔人が増えるのではないか?」
「わざわざ魔族を増やしてどうする?」
とざわめきだした。
ヘンリーはそれを予想していたので落ち着いて片手を上げると、貴族たちの動揺を抑えた。
日頃は何を聞いても動じない広間に詰めている衛視も驚いた表情を見せていた。
「なにも魔人と言ってもアルゴスやオーガみたいな巨人とかゾンビとかではありません。黒騎士とか黒魔道士の類の魔族です。
もしアルゴスやオーガあるいはゾンビとかアンデッド系の魔物を選べるとしても、それを選ぶ物好きはそんなにいるとは思えませんが……」
微かな乾いた笑いが広間に響いた。
「黒騎士とか黒魔道士とかはどちらかといえば魔王の眷属として、傍らで魔王を支える役目が多い魔族です。
それにある程度魔獣の類の調教もお願いしながら、冒険者と心置きなく戦ってもらいたいのです。それにより今まで無差別に人を襲っていた魔獣の類も出る場所と時を選ぶようになる可能性もあります。不幸な魔獣との出会いがしらの事故も減ると思われます。基本的には転移者同士の戦いになりますから、我王国の民にはなんの影響もございません」
ヘンリーが話し終えても誰も声を上げなかった。
暫く静寂がこの場を支配した。




