魔王との問答
「魔族に一番似合わない言葉を知っているか? それは愛と平和だ」
「まあ、そうだろうな」
「それを人類と共にとか戯けた事を書いておる」
「でも事実だからねえ……この平和は魔王にとってもいい話だよ」
イツキはサルバに入れて貰ったお茶を飲みながら答えた。
「サルバ、このお茶美味しいよ」
と言いながらイツキは読み終えた手紙をサルバに渡した。
「それは、よござんした」
サルバは短く答えながら手紙を受け取って目を通した。
不思議な事に、既にこの三人は勇者であるとか魔王であるとか関係なく付き合える関係になっている。
これは死闘を繰り広げた間柄だからなのかイツキ性格のなせる技なのかは分からないが、少なくともイツキの持っている雰囲気がその理由の一つであるとは言えるであろう。
お茶を一口飲んだイツキは、魔王オーフェンに語りだした。
「今の現状を見れば本当に、ここの魔族は終わっているとしか言いようが無い。なんの手立ても打たずにこのまま異世界から冒険者が流入し続けたらもっと悲惨な事になるだろうね。
もしかしたらこの山脈で存在する魔族はオーフェンとサルバだけになってしまうかもしれない。そんな状態を魔王オーフェンは望んでいるのか? 望んでいなくても手をこまねいて見ているだけか?」
イツキに言われなくてもオーフェンには充分、分かりすぎるほど分かっていた。
毎日が危機感との戦いだった。いつ魔族の者が誰もいなくなるかと……。
二日に一度は散歩のついでのようにのんびりとした緊張感の欠片もない冒険者がやってくる。
森に入っても洞窟を歩いても出てくる魔獣は数が少ない上、しょぼい。なので完全に安心しきっている。
昔の冒険者たちは苦しい戦い続けてやっとここまでたどり着き、その広間の前で装備を整え、仲間と綿密な打ち合わせを行い、そして意を決して飛び込んでくる。
そんな緊張感がひしひしと伝わってくる奴らを迎え撃つ魔王も同じ緊張感を共有する喜びがあった。
それが今や微塵も欠片もない。
来るのは安心しきってダレ切った状態で宮殿にやってくる素人冒険者軍団。態度も『こんなもんだろう』と舐めきって不遜そのもの。
その態度にも魔王はイチイチ腹が立って仕方ない。『いやしくもワシは魔界の王だぞ!』と大きな声で叫びたくなる時もある。
『いや、このまま、こいつらをひざ詰めで二時間ほど説教してやりたい。バトルよりコンコンと説教がしたい!』と思った事も一度や二度どころではない。
ある時は魔王は完全にやる気も失せてふて寝して、サルバが一人で冒険者たちを退けたという事態も起きた。
魔獣が少ないため中途半端なレベリングで冒険者が魔王に対戦するため、それがこの宮殿を守る事になるという皮肉な結果が生まれている。
それも魔王のプライドをいたく傷つけている。
イツキは刺すような敢えて厳しい視線を投げつけてオーフェンの返事を待っていた。
オーフェンはたじろぎ話題をそらした。
「それにしても、お前のところのギルマスはよっぽど転移者のハーレム状態が気に食わないみたいだな」
とお茶をすすりながらイツキに言った。
――文字通りお茶を濁したか――
イツキもそれが分かったので敢えてその言葉に答えた。
「まあね。何故か転移者はモテる」
「イツキはどうだった?」
「僕はなかったなぁ……」
「イツキが気がついてないだけじゃないのか?」
「そんな事はないと思うぞぉ……どちらかと言えば気味悪がられていたな」
「そうなのか?」
と意外そうにオーフェンが聞き返した。
「だって異世界からの転移者なんて僕以外誰もいなかったからな」
と言ったあとイツキは少し寂しそうな表情をした。
「なるほどな……で、もしこれをワシが受け入れたとして、本当に魔族になりたがる奴はいるのか?」
オーフェンはイツキを労わるような優しい声でイツキに聞いた。




