副官サルバ
「ありがとう。じゃあ、遠慮なく」
とイツキも箱から饅頭を1個取り食べた。イツキにとっては普通の温泉饅頭だった。
しかし、それはイツキにとっても昔いた世界の懐かしい味だった。
餡子の味が五臓六腑に染み渡る。
それだけで充分だった。
涙が出そうに美味しかった。
それでもイツキは心の中で
「僕は粒餡の方が好きだな」
と呟いていた。
「どうだ、美味いだろう?……お~い。サルバ! お茶をくれ~」
と魔王オーフェンは副官サルバを呼んだ。
どこからともなくサルバと呼ばれた魔人がお茶を持って現れた。
「お呼びですか? 魔王様」
「呼んだ。呼んだ。イツキがお土産を持って来てくれたぞ。サルバ、お前もどうじゃ?」
「……たく……魔王と勇者が一緒に温泉饅頭を仲良く食っている図ってあまり感心しませんな」
「もっともだな。でも僕はもう勇者じゃないよ」
と言いながら副官のサルバがお茶を持ってきたので内心驚いた。
――本当に他に誰もいないのか……――
と。
「だったら元勇者ですな。同じことです」
と言いながらサルバも温泉饅頭を頬張った。
「お、こりゃ美味いですな。それに懐かしい香りがする」
「だろう。ワシもそう思ったんじゃ……イツキ、ギルマスによろしく伝えておいてくれ」
「伝えておくよ……でもなんだろうねえ……このフレンドリーな魔王は……」
と流石のイツキも呆れたように呟いた。
――こんなもんでこれほど喜ぶとは……ヘンリーはそれが分かっていたのか? まさかねえ……たまたまだよねえ――
と心の中でつぶやきながらヘンリーのことを少しだけ見直した。
「そう言えば、お主と初めて戦ったのはもう十年以上前の話だのぉ。あれはワシが初めて負けた戦いだった……ワシに奢りもあったが、あの時のお前たちは本当に強かった。そう言えばお前と一緒に戦ったカツヤもなかなかの者だったな」
魔王オーフェンは懐かしそうに思い出話を語り出した。
「それ以外の奴らも強かったけどね。まあ、あのパーティーは最強だったな。今でもそう思うね」
イツキはサルバが用意してくれた椅子に座りながら応えた。
「そうだったな。それからの付き合いだからな。長い付き合いになるのぉ」
魔王は懐かしそうに遠い視線を回廊の窓から見える空に向けた。
彼にとってイツキ達との死闘は楽しい想い出となっている。
言い換えれば、魔王オーフェンにとって過去の思い出に浸りたくなるほど今の現状は悲惨という事だ。
「ところで、イツキよ。ここに温泉饅頭を持ってくるためだけに来た訳ではあるまい。ギルマスからの用件を聞こうか?」
魔王は自らイツキの訪問理由を聞いてきた。
「流石、いい勘しているね。実はそうなんだ」
イツキは頭を掻きながら答えた。流石に魔王だけあってお見通しのようだ。
――伊達に長生きしていない……って何千年生きているか知らんが――
イツキが話をする前に
「イツキのいるギルドのマスターは誰だったかの?」
と魔王オーフェンがイツキに尋ねた。
「ヘンリー・ギルマン伯爵だよ」
「おおそうか。あのお調子者か」
「知っているのか?」
イツキはオーフェンがヘンリーを知っているのが不思議だったので思わず聞いた。
「知っておる。ベリオール峡谷の魔王・ソロンを倒した男だろ?」
「そうそう。案外予想に反して強かったって有名になった伯爵だよ。みんなマグレだと言っていたけどね。でもマグレでソロンは倒せないでしょう。流石に……」




