魔王オーフェン
「誰じゃ、気安くワシの名を呼ぶのは……」
と裏庭に居て呼ばれたから出て来たオッサンのように、魔王オーフェンが玉座の後ろの通路からひょいっと顔を見せた。
「僕だよ。イツキだ」
「おお、イツキかぁ? どうした。また勇者に戻ったのか?」
――なんか地味な登場じゃね?――
とイツキは思ったがそのセリフをあえて口にするのは止めた。
戦闘モードになった魔王なら身長もイツキの軽く倍はあろうかという巨人に変身する。
とてもじゃないが並みの冒険者が二~三人ぐらいじゃ歯が立たない。
そんな魔王も平時は豊かな髭を蓄えた威厳ある王の風格も漂わせる男であった。
そして何故かイツキには親しみを込めて接する魔王でもあった。
イツキはこの戦闘モードになった魔王と二回戦っている。
一度はパーティーで、二度目は単独で。どちらもイツキが勝ったが、二度目の勝利は魔王もどこまで本気だったか怪しいとイツキは思っている。
「そんなもんに戻らないよ。元気にしていたか?」
「見ての通りじゃ。ワシは元気だが、お主の顔を見ると古傷が疼くわ」
「何言ってんの? いつの話をしているんだ?」
イツキは笑いながらオーフェンに近づいた。
「ほほほ。冗談じゃ。ま、ワシは元気だがご覧の通りよ」
魔王オーフェンは力なく広間を見て笑った。
「取り巻き連中が誰もいないな。こき使い過ぎなんじゃないのか?」
「そうではない。ここ数ヶ月二日に一度は勇者が来るので魔人はほとんど狩られた」
「オーフェンは?」
「まあ、レベリングが十分にできていない新人冒険者が多いからな。なんとか凌いでおるわ」
魔獣がいないという事は新人冒険者にとって経験値を得る事ができずにレベリング不足でラスボスに対戦することになる。
イツキが倒すまでは無敗の魔王オーフェンだった。流石に準備不足の上に経験不足の冒険者ごときには遅れを取る事はない。多分、余裕で冒険者たちを退けていることだろう。
しかし魔王オーフェンの弱気な言葉がイツキは気にかかった。
「そうかぁ……大変だなぁ……。」
「でも、戦士アルカイルクラスの勇者が来たら、たまらんだろう?」
イツキは魔王オーフェンに敢えて聞いた。
「一人なら問題ない。ただチームで同じレベルを揃えて来られたら、厳しい戦いになるな……本当に世も末じゃな」
とため息混じりに魔王オーフェンは嘆いた。
「世も末って……お前が言うな!」
とイツキはツッコミたかったが止めた。
――やはり弱気だな――
そのツッコミはあまりにもこの状況では痛々しいツッコミになりそうだったから……。
「まあ、一人で来て勝てそうな気がしないのはイツキだけだな」
とオーフェンは言ったが、それは無視してイツキは話題を変えた。
「あ、これうちのギルマスからお土産」
と言ってヘンリーが用意したお土産をマジックバックから取り出し魔王に手渡した。
「お、気を使って貰って申し訳ないのぉ……」
魔王オーフェンは嬉しそうに受け取った。
その姿は魔界の王というよりも、もはやどっかの村の長老のようだった。
「何故、お前んところのギルマスがこんなものをよこすんだ?……ほほ~、魔界地獄の温泉饅頭だとぉ?」
魔王オーフェンは疑問よりもそのネーミングが気に入ったのか、早速包を破って中の饅頭を1個取り出して口の中に放り込んだ。
「おお! 美味い! 懐かしい香りがするぞ。本当に魔界の地獄の香りがするなあ……」
「え? そうなの? そう言えばどっかの迷宮で売っていたってギルマスが言っていたなぁ……どこの迷宮だろう?」
「イツキもどうだ?」
魔王オーフェンは饅頭の入った箱をイツキに差し出してすすめた。




