魔王の宮殿
自室に戻ったイツキは準備を整えると、ロンタイルの魔王のいる宮殿の近くの森に渋々テレポーテーションした。
直接、宮殿に乗り込んでも良かったのだがイツキ自身気持ちの整理がついていなく、考える時間が欲しかったので敢えて宮殿を見上げる森の中に飛んだ。
鬱蒼とした森は魔獣たちがこの突然の訪問者を木陰から様子を窺っているはずであった……が、のどかに小鳥がさえずり、泉に鹿が喉を潤し、平和な自然が目の前に広がるだけだった。
ロンタイル……それはこのナロワ王国が存在する大陸の名称。
この東西に長い大陸はその中心あたりに東西に連なるダリアン山脈を持つ。この世界では最大の大陸。
このロンタイル大陸の東の外れから中央部にかけての大国がナロワ王国。その真ん中辺りから西側がカラク王国。カラク王国とナロワ王国は元々は同じ王家だった。それがいつしか敵対するようになったが国民の行き来は自由で、現在はまた元のように友好国関係に近いものになっている。
大陸中央部分北側にナロワ王国の属国テミン王国がある。もちろんテミン王国もナロワ王国王族の流れを汲む王国である。このようにこの大陸には大きく分けて三つの王国が存在する。
このロンタイル大陸の中央、ダリアン山脈の最高峰エルガレ山の中腹に建つ宮殿にロンタイルの魔王・オーフェンが居る。
森から木々の間を通してそのオーフェンのいる宮殿が見えた。
それを目指してイツキは歩いて行ったがイツキの前に現れるのは、ロンタイルうさぎとかマオウカブトムシとかインコの類ばかりだった。
「本当に魔獣はいないな……魔人の皆さんは本当に狩られてしまったのか?」
イツキは独り言を呟いた。
「もしかして、僕はオルモンの深き場所の洞窟でとんでもないことをしてしまったのか?」
とイツキは猛烈に不安な気持ちに襲われた。
「あの魔獣達はあそこに避難していたのかも……そうだとしたら悪い事したなぁ……」
とイツキはこの世界に来て以来初めて、魔獣を倒した事を後悔した。
「まあ、こんなところで考えていても仕方ない。兎に角、オーフェンに会いに行こう」
イツキはやっと腹をくくって宮殿を目指した。
宮殿に着くまで一匹の魔獣も魔物も出てこなかった。
「本当にいない……」
イツキはモンスターの出現をこれほど願った事は今まで無かった。
宮殿の入口にいつもならいる魔獣の姿も見えない。
「お~い。誰かいないかぁ」
と声を掛けたが返事はなかった。
「う~ん。これは重症だなぁ……」
とイツキは改めて思った。
今までも魔獣の類がイツキの前に現れない事はあった。イツキはそれを『自分のレベルが上がったので魔獣が様子を見て隠れている』と思っていた。
エンカウンターが効いているぐらいにしか思っていなかった。しかしそうではなく、魔獣の絶対数が激減している事がその大きな理由であった事をここで思い知らされた。
宮殿の門をくぐり薄暗い通路を真っ直ぐに入って回廊をいくつか曲がって歩いて、階段を登り最上階の魔王の広間にたどり着いた。
本当にあっさりと着いてしまった。いつもならお約束のようにいる回廊の曲がり角でも、魔獣や魔族の騎士やデーモンに出会わなかった。
「お~い。オーフェン。いるかぁ?」
とイツキは声を張り上げた。




