翌朝
翌朝、いつもの時間にイツキはギルドのレストランで朝食後の珈琲を飲んでいた。
後ろからイツキは声をかけられた。
「おはよう! イツキ、今日、行ってくれるんだよね」
その声の主は振り向かなくても判る、ギルドマスターのヘンリーだった。
勿論、イツキは振り向きもせずに応えた。
「ええ。言われなくても昼前には行きますよ」
ヘンリーはイツキの前の席に座り
「本当に、頼むよ。イツキ」
と頭を下げた。
「で、ロンタイルの魔王に『ギルドで黒騎士の訓練してくれ』って頼むのか?」
「いや、流石にここで黒騎士の訓練できんだろう。その場で冒険者とバトルになってしまう。魔王討伐がさらにお手軽になってしまうではないか……やはりそこは地下宮殿か何かでやってほしいな。とりあえず、魔王オーフェンに手紙を書いたからこれも持って行ってくれ」
とイツキにオーフェン宛の親書を手渡した。
「だよなぁ……まあ、持って行きますわ」
「手土産は持ったか?」
「そんなもん、まだ、買ってないわ」
イツキは吐き捨てるように言った。
「イツキが奪った聖なるなんとかという剣なんかどうだ? 喜ぶと思うぞ」
ヘンリーは思いついたように言った。
「なんで僕が魔王に、折角分捕った物を返さんとならんのだ? おかしいだろう?」
「そうかぁ……。じゃあ、これを持って行ってくれ」
とヘンリーは温泉饅頭を差し出した。
「あ~ん? なんで温泉饅頭なんだ?……ってこんなもんがこの世界にあるのか?」
「この世界はもう異世界から沢山人が来るから、何が有っても不思議ではないぞ。これは迷宮のレストランで今売り出している『魔界地獄の温泉饅頭』という食べ物だ。とっても美味だぞ」
「温泉饅頭は知っている。何でもありか? この世界は……それにしても趣味の悪いネーミングだな」
イツキは受け取った箱を見ながら呆れていた。
しかしこの世界で自分が元いた世界のモノを見ると、それはそれで嬉しいものだった。
「そうかぁ? わかり易いネーミングだと思うぞ。それに今回の手土産にはぴったりだ」
「まあ、いい……兎に角、僕が帰ってきたらこれはどこに行ったら買えるか教えるんだぞ。分かってますね。ヘンリー」
やはりイツキはこの饅頭が気になって仕方がないようだ。
「ああ……分かった。教えるよ。なんだ、イツキもネーミングが気に入っているんじゃないか」
「違うわ。それは僕が昔いた世界の食べ物だ!」
「おお、そうかぁ……イツキはいつもこんな美味いモノを食べていたんだな」
「だから帰ったら教えるんですよ」
「分かった。教えるよ。じゃあ。よろしく頼む」
と言ってヘンリーは饅頭を置いて立ち去った。
「確かに手土産だが……俺は何しに行くんだ?」
イツキはそう言うと軽くため息をついた。
そして立ち上がると自分の部屋へと向かった。




