ヘンリーからの頼み
「これが今のこの世界の現状だ。イツキがこの世界に来た頃とは全く違う状況なんだ」
ヘンリーはグラスを空けると
「あ、もうないな」
と立ち上がると新たにワインを手に戻って来た。
ワインを開けながらヘンリーは
「そこでだ、魔王ウォッチャーのイツキにだな。この僕の提案をどう思うのか? 魔王達に直接聞いて来て欲しいのだがどうだろう?」
「どうだろうって言われても、答えようがないわ。それに僕は魔王ウォッチャーではないし……」
ヘンリーがイツキのグラスに新しいワインを注ぎながら聞いた。
「五つの大陸と七つの海と九つの峡谷で何人の魔王と戦った?」
「二十一人と後少々」
「それだけ魔王と知り合いな上に対等に話ができる人間が他に何処にいる?」
「まあ。いないわなあ……」
そう言うとイツキは注がれたワインを飲んだ。
「これは起死回生の一発だと思うんだ」
とヘンリーはイツキの瞳を凝視しながら言った。
「起死回生ねえ……。これって俺にまた冒険者に戻って旅をしてこいって事か?」
「違う。違う。イツキがこれ以上経験職種を増やしてどうする! ただでさえ数が少ない魔獣をこれ以上、無意味に減らしてどうする。そんな事はしなくて良い。今のイツキならテレポーテーションできるだろう?」
とヘンリーは首を振り強く否定した。
「まあ、できない事はないですけど……」
「だろう? 十回も……もっとだっけ? 兎に角、ホイホイ仕事を変えていたらそれぐらいできるだろう」
「なんかそれって転職を繰り返している、どこに行っても長続きしないダメニートな奴に聞こえるな……」
とイツキはヘンリーの話を聞いて、なんだか自分がとんでもない人間だと責められているような気がしてきていた。
「あ、そう意味ではないんだが……兎に角こんな事を頼めるのはイツキしかいないんだ。よろしく頼むよ」
とヘンリーは慌てて言い訳しながら頼み込んできた。
「よろしくと言われてもなぁ……しかし、こんな事をギルドだけで決めても良いのか?」
イツキはこの話を聞いた時から、喉に刺さった魚の骨のように引っかかっていた疑問をヘンリーにぶつけた。
「それは大丈夫だ」
ヘンリーは自信を持って答えた。
「そもそも、この話を持ち出したのは国王陛下だ」
「はぁ?? 陛下が……」
イツキは飲んだワインをまた吹き出しそうになった。
――またヨッシーになりかけた――
「イツキ、君も陛下にお会いした事はあるだろう」
「そりゃあ、あるよ。あんたも良く知っているだろう?……確かに変わった陛下だが……そこまで変わっているとは思わなかった」
イツキは国王にはこれまで何度も会っていた。チェス仲間と言って良い関係だ。
「陛下は今の異世界からの転生者が流入し続けることを憂いておられる」
「まあ、普通は憂いもするでしょうよ」
「だからと言って来るものを止める手立てもない」
「ありませんねえ。勝手に湧いて出てきますから。この頃召喚なんか誰もしませんし……」
「今までは魔獣も沢山いたのでそれも良かったのだが、こういなくなると、どうもいかん。ネズミを退治するために放り込んだ猫なんだが、ねずみがいなくなったのに猫だけ増えるという状態になっている。まだ猫は可愛いから許せるが、冒険者はハーレムを作って風紀が悪くなるだけだ! 許せん!」
どうやらヘンリーの問題はそこらしい。
――ハブ退治のマングースみたいな言われ方やな――
とイツキは冒険者たちに少し同情していた。




