昼食
その日、イツキはギルマスのヘンリーから昼食に誘われていた。
珍しくホールのレストランではなく、ギルドの貴賓室で昼食を取る事になっていた。
「珍しいですね。ここで食事なんて……誰かに聞かれたらまずい話でもあるんですか?」
とイツキは席に着くなりヘンリーに聞いた。
テーブルには既に食事の用意がなされたいた。そしてこの部屋にはイツキとヘンリーしかいなかった。
「まあな」
とヘンリーは曖昧な答えを返した。
イツキはワインボトルを手に取るとヘンリーのグラスに赤ワインを注いだ。
「ありがとう」
ヘンリーそう言ってワインで満たされたグラスを手に取った。
「取り敢えず……」
とヘンリーはグラスを持ち上げた。
イツキとヘンリーはワイングラスに軽く口を付けた。
「で、今日はどういうことですか?」
とイツキが聞いた。
「単刀直入に言おう。イツキも知っているだろう? この頃、魔獣の数がめっきり減った事を……」
とヘンリーは話を切り出した。
「らしいですね。それがどうしましたか? もしかしてスライムなんか狩り過ぎて絶滅危惧種に指定されたとか?」
イツキはシューとの会話を思い出しながら応えた。
「まだそこまでは行っていないが、時間の問題かもしれん」
とヘンリーは眉間に皺を寄せて言った。
「そんなに深刻なんですか?」
シューにある程度は聞いていたイツキだが、ヘンリーの言葉を聞いて驚きを隠せなかった。
「そうだ。冒険者が溢れすぎて、それに対応する魔獣が居なくなってきたと言われている」
「本当ですか?……そこまで転移者が繁殖していたとは……」
イツキは更に驚いたように声を上げた。
「極端な例だがあるダンジョンなんか、ラスボスに到達するまで一匹もモンスター出会わずに済んだらしい。その時は冒険者もまともにレベリングができなかったので、ラスボスの勝利でなんとか冒険者の挑戦を凌いだそうだが……」
そういうとヘンリーはグラスのワインをあおるように飲み干した。
「ラスボスが勝ってホッとするギルマスも如何なものかなと思いますが……。でも、いい事じゃないですか。魔獣や魔族がいなくなったら世界が安全で平和になって……」
イツキはあえて明るくそう答えた。
「何がいい事だよ。考えてみてよ。そうなると、冒険者になってもする事がなくなる。つまり冒険者になってもキャリアを積めないから強くなれない。戦いたくても対峙する魔獣の類がいないからな。いつまでたっても初心者のまま。結局残るのはハーレム体質の名ばかりの冒険者達だけになてしまう……そうは思わないか? 初心者のままだったらまだマシだ! こいつらハーレム体質の癖に中途半端にチート持ちだったりするから更に質が悪い」
「それは言えてますねえ……中途半端なチートでもチートには変わりはないですからね」
イツキは頷いた。確かに転移者の中には本当に質の悪いのもいる。自分たちに逆らえなえ事をいい事に好き勝手する輩も居ないわけでは無かった。
「そんなもんは冒険者でも勇者でも何でもない。単なる女好きのだらしない悪党だ!」
ヘンリーは憤りながら言った。
「ですね」
イツキも全くの同意見だった。
「だから冒険の旅が、観光の旅に成り下がる。それもハーレム状態で……風紀上好ましくない状態が国中でいや世界中で起こりうるぞ」
「それは間違いなく起きるでしょうねえ……なんせ勇者はハーレム体質がお約束ですから……」
とイツキもそれは容易に想像ができた。
「ギルドもこれでは開店休業状態にならざるを得ない。ここで冒険者になっても何もする事がないからな。結局、冒険者以外の職業を紹介するしかない。うちは冒険者ギルドだ! うちの職員が職探しに走り回るハメになるなんて笑い話にもならん」
「はぁ……そうなると、僕も無職になってしまいますね」
イツキは落胆したようにため息をついた。




