二人の会話
「ま、そうなるわな」
とイツキは笑った。
「なんだかお前、楽しそうやな」
とシュウはイツキを睨んだ。
「いや、そんな事は無い。でも懐かしい光景が浮かんだのは確かだ。お前がいつも師匠に説教を喰らっている姿をな」
とイツキは本当に楽しそうだった。
「人の事は言えんだろう?」
シュウは眉間に皺を寄せながら言った。
「そうだっけ?」
とイツキは惚けて見せた。
「ふん。何か大きな思い違いをしているようだが……」
「で、誰に誰を殺れと言われたんだ?」
とイツキは興味本位で聞いた。
「だから依頼を受ける前にオヤジに捕まったと言っただろう。受けた後だとしても。お前にそれを言うとでも思ったか」
とシュウは吐き捨てるように言った。
「そっか。受ける前なら仕方ないな。貴族も依頼を出すまでは身元を隠すからな」
とイツキは落胆したようだった。暇つぶしにはもってこいの話題だと密かに思っていたのが裏切られた。
「本当に他人事だと思って面白がってるな。まあいい。話を戻すとオヤジが言うのには『この世界での魔獣や魔族の出現が少なくなってきているのは確からしい』という事だ」
「お前も実感しているのか?」
とイツキが聞くと
「いや、俺は人は殺しても魔獣は殺さんから判らん」
とシュウは答えた。
「笑えん冗談だな。でもそれは理にかなっている」
とイツキは妙に納得しながら頷いた。
そして
「そうなると冒険者は商売あがったりになるよな?」
と呟いた。
「間違いなくそうなるな」
「そうかぁ……」
イツキはシュウの話を聞きながら、更にキャリアコンサルタントという商売の将来に不安を覚えだしていた。
「ただ、魔物や魔獣が居なくなるという事は、安全度の増した街道の行き交いが頻繁になるという事だが、それだけでは収まらない……」
シュウは言葉を切った。
「盗賊の類が増えるという事か……それで護衛クエストが増えたという事だな」
「そういう事だ。物分かりが早くて助かるよ」
と言ってシュウは意味ありげな笑いを見せた。
「しかし魔獣や魔物が全くいなくなったわけではないだろう?」
とイツキが聞くとシュウは
「その通りだ。まだそこまでは行っていない。だが昔と比べれば大きく減ったという事だ」
と答えた。
「そうか……そういえば昨日の夜、ヘンリーもそんな事を言っていたな」
とイツキは昨晩の事を思い出していた。
別世界からの転移者や転生者が多すぎると嘆いていたヘンリーは、『その内、この辺りの魔獣たちは狩りつくされるんじゃないか?』と嘆いていた。
シュウのもたらした情報は、それが現実になりかけているという事だった。
「お前もそろそろ転職した方が良いんじゃないのか?」
とシュウは軽口をたたいた。
「そうだな。俺もアサシンにでもなろうか?」
「え? マジか?」
とシュウは驚いた表情で聞き返した。
「冗談だ。んなもん、なるわけないだろ」
と言ってイツキは首を振った。
「しかし……如何に転移者が増えたからと言って魔獣や魔物が狩りつくされるなんてあり得るんだろうか?」
イツキはまだ納得しかねていた。確かに現実は魔獣の類の発生数は減っている。それはギルドのクエストにも影響を与えている。
だからと言ってその原因の全てが異世界転移者だとはイツキには思えなかった。
「原因がそれだと決まったわけじゃない。今は噂の域を出ていない」
とシュウは答えた。
「そうかぁ……ところでお前はどうするだ?」
イツキはシュウに聞いた。
「俺? 俺は関係ないな……いや、どちらかと言えばこのまま魔獣たちが居なくなった方が面白いな」
「なんだ? この世界が安全で平和になるからか?」
「いや。安全にはなるかもしれんが、平和にはならんだろうな」
「それはどういうことだ?」
「分からんか? ま、それは師匠にでも聞くんだな」
シュウはそう言うと立ち上がって部屋の扉へと向かった。
「もう帰るのか?」
「ああ、もう用件は済んだ。俺はこう見えてもお前と違って忙しいんだ……いや、お前もこれから忙しくなるかもな……」
そう言うとシュウは扉を静かに閉めて出て行った。
その姿を見ながら
「あいつがちゃんと扉から出入りするのを久しぶりに見たわ」
とイツキは呆れた様な表情を浮かべて自分の席へと戻った。




