就職
イツキの心配をよそにナリスはあっさりと
「良いわよ。イツキ。今回イツキには世話になったし。それに新人なら私も一緒だしね」
と答えた。
「そうよねえ。元踊り子に吟遊詩人かぁ……案外組み合わせは悪くないかもね。ナリス」
とグレースも頷いてくれた。
「ありがとう。二人とも」
とイツキは、魔王を倒した時よりも感動した。
「ヒキニートもお礼をいわないと」
とイツキが促すと
「あ、ありがとうございます。頑張ります」
とスチュワートが慌てて頭を下げた。
ナリスが笑って答えた
「よろしくね。ヒキニート」
「いえ、スチュワートです」
とやっぱりまだヒキニートにしか見えないスチュワートは答えた。
「兎に角、よろしく頼むよ。後はアルと殿下にも紹介を頼むね。あの二人には一番面倒を掛けると思うけど」
とイツキはナリスにお願いした。
「大丈夫でしょう……スチュワート。あなたも頑張ってね」
ナリスが明るく答えた。
「はい」
「ただ多分、あなたは1週間でスマートになれると思うわ。身も心も本当の吟遊詩人になれるでしょう」
とナリスは付け加えるのを忘れなかった。
「それじゃあ、ナリス。スチュワートは預けたから、よろしくね」
「分かったわ。ギルドには私から報告しておくね」
「よろしく」
そういうと、イツキはこの場にスチュワートを置いて自分の事務所に帰って行った。
途中で受付の前を通ったイツキにマーサが
「流石ねえ……あれを決められるってイツキしかいないわねえ……」
と感心したように話しかけた。
「嘘つけ。どうせ追い返すだろうと思っていただろう」
と笑いながらイツキは応えた。
「まあね。一度彼が部屋から出てきた時はダメだったんだと思っていたんだけど、流石だわ」
「いやいや。まあ、何とかなったけどね。ところでスチュワートは誰かの紹介?」
とイツキはマーサに聞いた。
「ウォルターはスチュワート伯の息子よ」
「へ?」
イツキは鳩が豆鉄砲を食らったかのように唖然とした表情を見せた。
「だから、ウォルター・スチュワートは貴族の息子」
とマーサは同じセリフを繰り返した。
「ええ!!」
イツキは驚いて叫んだ。
地下宮殿で唐突に出てきたゴブリンに出会った時よりも驚いた。
――名前はウォルター・スチュワートだと? なんか格好いい名前だぞ。貴族だから苗字もあるのか……てっきりスチュワートは名前だと思っていた――
――で、貴族の息子だとぉ? だから今まで働かないでも食えていたのか……――
イツキの中では彼がヒキニートという時点で彼に対して、それ以上の興味を失っていた。
マーサは呆れた顔をしてイツキに言った。
「渡した書類に書いてあったでしょう?」
「見てなかった……」
と肩を落としてイツキは答えた。
「もう、で、職業は何にしたの?」
マーサは更に呆れながらもイツキに聞いた。
「吟遊詩人」
イツキはボソッと小さな声で答えた。
「トルバドゥールにしたのね」
「そうかぁ……宮廷貴族出身ならそうなるかぁ……案外、ぴったりだったんだ」
「そうねえ」
同じ吟遊詩人でも貴族や騎士出身の吟遊詩人の事をトルパドゥールと呼ぶ。防御力だけでなくヒーラ―系の威力が数段強力になる場合が多い。
それ以外の出身の吟遊詩人はミンストレルと呼ばれる。
イツキは自然の成り行きだったとはいえ、運命を感じた。
人が仕事を選んでいるようで、実は仕事が人を選んでいるのかもしれない……と改めて思い直した。
スチュワートがそこまで分かって吟遊詩人を選んだとは思えないが、やはり落ち着くべきところに落ち着くものだと思った。
――いやいや、この仕事は奥が深い――
イツキは改めてそう実感した。




