慣れてきた男
――まあ、しかし光明が少し見えたかも――
「そもそも吟遊詩人ってどんな仕事か知ってますか?」
イツキは彼に聞いた。
「飲み屋で歌を歌ってお金を貰う人」
とヒキニート男はボソッと答えた。
「いや、間違ってはいませんが、それでは単なる流しのオッちゃんです。僕もあれだけ曲が覚えられたらなりたいもんですが……」
そういって頷くとイツキは続けて
「吟遊詩人は史実についての物語を広め伝えるために歌を歌う人です。まず、歌が歌える。楽器が弾ける。ギターでも手持ちのハープでも良いです。笛は避けた方が良いです。吹いている間は歌えませんから」
と吟遊詩人の正確な情報を教えた。
ヒキニートは黙って聞いていた。
腫れぼったい瞼の下の瞳が少し光を帯びてきたようだった。
イツキは話を続けた。
「この世界では未経験者でも、誰でもギルドで希望する仕事に就けます。そして冒険者として旅をする事によって、マイスターへの道が開けるのです。だからヒキニートさんもチャンスはあります」
「そう、世の中の女性はあなたの歌声に、その切ない物語に涙するのです。騎士の勇敢なる最期を語る調べ、没落貴族の一人娘の過酷な人生の物語。それを奏でるのが吟遊詩人なのです」
イツキはヒキニートに語っている間に、自分の声に言葉に酔いだしてきた。
「そのためには冒険者となって魔人や魔獣をその調べを奏でて眠らせたり、仲間を勇気づけたりする歌を謳うのです」
「良いですか! あなたは今全世界の女性から勇者・吟遊詩人ヒキニートとして慕われるのです」
「済みません…僕、名前スチュワートです」
唐突に男は名乗った。
「へ?」
イツキは思わず聞き返した。
その時、ヒキニートの彼が何を言ったか全く理解できていなかった。
「だから僕の名前はスチュワートです」
ヒキニートは重ねて名前を繰り返した。
「あ、そうでしたか…吟遊詩人スチュワートとして慕われるのです」
と焦りながら応えた。
――急に名乗るな――
イツキは少し慌てた。
ヒキニート改めスチュワートの瞳が腫れぼったい瞼の下キラキラと輝いた。
「イツキさん、僕にでも吟遊詩人になれますか?」
「なるのは誰でもなれます。その後に冒険に行けますか?」
――こいつ、初めて二文節以上しゃべったぞ――
「なれるなら行きます」
ヒキニートもといスチュワートは本気で吟遊詩人になりたいと思った。
彼が何かの職業に就きたい本気で思ったのはこれが初めてだった。
「分かりました」
イツキはその返事を聞いて満足そうに何度も頷くと、デスクの書類に「職種:吟遊詩人」と書き込んだ。
――吟遊詩人を紹介するのは久しぶりだな――
滅多に出ない職種を紹介する時は何故か気持ちがいい。
「さて、取りあえず、職種は決まりましたが、冒険するためにはパーティを組まなければなりませんねえ……。どっかの軍団に入るって言う手もあるんですが、吟遊詩人に軍団は……それは意味が無いですからねえ……宴会時しか用がないですから……さてどうしたものか……」
とイツキは考え込んだ。
「一人で冒険には行けませんか?」
スチュワートは自分から聞いてきた。
ここ数分で、随分成長したようだ。
「行けますが、多分この村を出たら数秒で死にますよ。勇者になる前に死者になりますよ。良いですか?」
とイツキは聞き返した。
「嫌です」
スチュワートは即座に返事をした。
「でしょうね。ところで、さっきよりは話ができるようになりましたね。慣れましたか?」
イツキは笑顔を見せて聞いた。
「はい。僕人見知りが酷いんです。でも慣れたら、少しは話ができるようになります」
とスチュワートは少しうつむきながら答えた。




