すべてが終わって
「しまった。焦り過ぎた……」
イツキは血反吐を吐いた。
体力だけが取り柄のような格闘家だが、これは効いた。イツキは魔法のバッグから回復薬を取り出し飲んだ。
「あっぶね~。もう逝ったかと思ったわ」
「なかなかしぶといの」
「ふん。もう少しで両足オシャカにできるところだったんだけどな。残念」
「お遊びはここまでだ。本気で行くぞぉ」
とベルベが炎の塊を落とそうとした瞬間、通路から一気に水が流れ込んできた。
これはシャヴォン湖の水だった。
それと同時に白い龍が現れて口から冷気を吐いて一気にベルベを凍らせた。
「イリアン!」
イツキはそう叫ぶと、高く飛び上がりベルベの顔面に聖拳と烈風拳を連続技でぶち込んだ。
凍っていたベルベは跡形もなく砕け散った。
そしてベルべは跡形もなく消滅した。
白い龍はそれを見るとイツキの前にティアナをそっと置き、無言で頷いてから姿を隠した。
「あれはシャヴォン湖の主の白龍では……」
ティアナはイツキに聞いた。
「そうだよ。シャヴォン湖の主はオルモン村の守り神でもあるんだ。だからティアナを守った。シャヴォン湖の主がそう教えてくれたよ」
「そうなの……シャヴォン湖の主が……。あなたも私を助けてくれてありがとう」
「まあ、あんなオッサンの嫁にならずに済んで良かったね」
「はい」
ティアナは涙が溢れ出た。一時は諦めていた人生を、ここで取り戻した実感が湧いたのであろう。
イツキはティアナを抱きかかえると、そのまま通路を通って地表に出た。
いつの間には外は夜が明けかけていた。
「大丈夫です。もう歩けます」
そういうとティアナは自分の足で歩き出した。
「じゃあ、一緒に帰ろう」
二人はオルモンの村へと帰って行った。
村に帰ったティアナを見て村人は驚いた。
そして魔王ベルベを倒したのが、ティアナの横に立っていたみすぼらしい少年である事を聞いてさらに驚いた。
娘は族長の長女で運悪く魔王ベルベに見初められてしまって、村人を守るために人身御供となった。族長オルクはイツキにそう説明した。
イツキは娘を助けた恩人・村に平和をもたらした英雄として当然のごとく歓迎された。
昨日までは門前払いで、シャヴォン湖で野宿してニジマスを釣っていたというのに、村長に「いつまでも気が済むまで逗留してもらって良い」とまで言われた。
イツキは湖を見ながら
「そうだったな。シャヴォン湖の主は白い龍という事だったな」
と呟いた。
村人たちはシャヴォン湖の主は白龍の姿でしか知らない。勿論、主が女神で有る事もその名前も知らない。
だからエルフのティアナを発見した時にイリアンは姿を消した……元の白龍の姿に戻った。
――そんな事があったなあ――
イツキはティアナとの出会いを思い出していた。
「ティアナはこの村で過ごすのが一番いいと思うよ。街で生きていくのは大変だよ。僕はこれからたまには遊びに来るからね」
とイツキはティアナをなだめた。
そう、エルフに街の生活は厳しい。確かに街で生きているエルフも冒険者となって旅をしているエルフもいるが、大多数のエルフは静かに生きてい行く事を望んでいる。
ティアナもそういう風に育ってきたはずだ。
「たまに私が遊びに行っても良い?」
「良いよ。遊びにおいで」
イツキはティアナに優しく言った。
――村はまた直ぐに元に戻るだろう――
そうイツキは実感した。
さあ、帰ろう。我が街、我がギルドへ。




