ティアナの記憶
十数年前、イツキがこの森に来た時、まだ魔王ベルベが力を誇示していた時だった。
村人から拒否されて、シャヴォン湖畔で野宿をしていたイツキは、湖で釣ったニジマスを焼いて食べていた。
勿論、シャヴォン湖の主であるイリアンの了解をもっらた上で釣ったのだが……。
ある日、魔物退治に森に入ったイツキは、エルフの村人が連なって神輿を担いでいるのを見かけた。
「ほほ~。こんなところにも神輿があるのかぁ……何かのお祭りか?」
と軽い気持ちでつけて行った。
しかしよく見ると神輿の上にはエルフの若い女が座って居た。……エルフは500年以上の寿命があるので人間の見た目とは違うがイツキには若く見えた。
その行列がどうも暗い……まるで葬儀の参列者の行列のような、重い空気の中歩いている事にイツキは気が付いた。
予想通り、その行列はオルモンの深き場所へと向かった。
「もしかして、これは人身御供か?」
宮殿通路の入り口の前で神輿を下ろすと、村人たちは神輿の上のエルフの女を残して去っていった。
最後まで神輿の上の女に寄り添っていたのは父親と母親だろう……イツキは木陰で黙ってそれを見ていた。
「エルフは信心深いからな。魔王にかかったら是非もないか……」
イツキは考えた。このまま見ない事にしてここを去るか、あるいは男気を見せて助けに行くか……。
考えるまでもない。
「義を見て為さざるは勇無きなり」
と呟くと、イツキは静かにそこを離れた。
「エルフの娘を助けるだけなら簡単だ。今から行って連れて帰ればよい。しかしそれではエルフの村人に被害が及ぶ……この洞窟に住む魔王を倒さねば、問題を解決した事にはならない」
イツキは湖に戻ると畔に立って、イリアンを呼び出した。
「お~い。イリアン・エメラルダス・ジャイ子」とイツキは叫んだ。
すると
「ジャイ子ではありません。ドラコです」という声と共に湖上にイリアンが現れた。
「どうしたのですか?イツキ」
イリアンは湖上を滑るようにイツキの前までやって来た。
「ちょっと聞きたい事があったんだけど、教えてくれる?」
「私にわかる事であれば」
「うん。そこにさ、オルモンの深き場所に洞窟があるでしょ?そこに住んでいる魔物って強いの?」
「あそこは魔王ベルセブルの眷属ベルベが棲み着いて久しいです。彼は強いです」
「ふ~ん。そうかぁ。強いんだ。なんか弱点は無いの?」
「彼は炎の魔王です。地下宮殿に棲む魔物は炎の魔物が多いですよ」
「そうかぁ……弱点は水かぁ……。おいらには関係ないな。仕方ない、このまま行ってくるか」
「もしかして、イツキ一人で行くつもりですか?」
「そうだよ」
イツキはまるで近所に散歩に行くような気軽な顔で応えた。
イリアンは途方もない阿保を見たような顔でイツキを眺めた。
「なんだ?その眼は……バカにしているな。まあ、それも分かるが、一度決めた事は仕方ない。
だから、今から行ってくるわ」
とイツキは踵を返して向かおうとした。
「イツキ。待ちなさい。これを」
と言ってイリアンは魔法の球を渡した。
「これは水属性の魔法が詰まった球です。魔法が使えないあなたに、これを差し上げます」
「あ、ありがとう。助かるわ」
「それと……私も行きます」
「え? あんた湖の主でしょうが? 村は関係ないでしょう?」
イツキは予想もしていなかったイリアンの申し出に戸惑った。
「私は湖の主でもありますが、村の守り神でもあります。あなたが村のエルフの為に闘うのに私が何もせず見過ごす事は出来ません」
「良いよ。俺は一人で行くから。気にしないで」
「ダメです。あなた一人では間違いなく死にます。勇者とは命を粗末にする人の事ではありません。分かっているのですか?」
イリアンは強い口調でイツキに詰め寄った。
イツキは暫くイリアンの顔をじっと見つめていたが、
「こんな美人な神様に看取られて死ぬなら本望かもな」
というと
「よろしくお願いします。」
と頭を下げた。
イリアンは
「はい!」
と明るく笑った。




