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洞窟の前には焚き火を中心に村人たちが集まっていた。
イツキの姿を見るとティアラが走ってきて飛びついた。
「良かった。無事で」
「大丈夫だよ。何も無かったから」
イツキは笑いながらティアラの頭を撫でた。
そして族長に向き直って
「氷は解けましたよ」
と告げた。
「おお、それはありがたい。シャヴォン湖の主の怒りは解けたのじゃな」
族長はイツキの腕を取ってそう聞いた。
「いえ。主は最初から怒っていませんでしたよ。ただ村人を村から避難させたかっただけです」
そう言って、イツキは、何故今回の出来事が起こったかを村人たちに説明した。
聞き終わった村人たちは一斉にどよめいた。
「先祖代々伝わった村を放棄しなければならないのか……」
「今回はシャヴォン湖の主が教えてくれたのでみなさん全員が無事に避難する事が出来たのです。さあ、頑張って引っ越ししましょう」
「もう陽は没んでますが、今から荷物を取りに村に帰ります。そしてショーハン湖の近くに村を新しく作ります。その頃には街の自衛団がショーハン湖に到着しているでしょうから手伝ってくれるでしょう」
イツキは村人たちを励ました。
「街の奴らが……そんな事をしてくれるのか」
エルフたちは一様に驚いたようだった。
「皆さんが思っている程、街の人間はエルフの事を避けてませんよ。どちらかと言えば憧れていますね。なんせ皆さんは妖精の子孫ですから」
その頃、式神からの報告を受けた村の近所で待機していた自衛団は月明かりの中ショーハン湖に向かっていた。
村人たちは、急いで洞窟から村に戻り荷物をまとめだした。
元々財産を持つという習慣がない種族なので、引っ越しと言っても家財道具はそれほど多くはない。
荷車1台に十分に積める量なので、積み込む時間はそれほどかからなかった。
村人の護衛も兼ねてイツキも同行する事にした。
族長が馬を貸してくれたので、仲良く駒を並べてショーハン湖に向かった。
「イツキのお陰で、村人が全員路頭に迷わずに済んだ。感謝する」
「いえいえ。村人を助けたのはシャヴォン湖の主ですよ」
「本当にのぉ。でも何故イツキだけにシャヴォン湖の主の声が聞こえるのじゃろうなぁ……不思議な事よのぉ」
「本当にねえ……何故でしょうねえ」
とイツキは苦笑いしながら答えた。
頭の遥か上を白い影が飛んで行った事にイツキは気が付いたが黙っていた。
夜明け前に村人たちがショーハン湖の畔に着くとそこは既に開けた土地となっていた。
ちょうどそこにシラネの部下たちが居たのでイツキは馬を降りて声を掛けた。
「流石に早いね。もう開墾したんだ」
「いえ。自分たちが来たらすでにこうなってました」
部隊長のクルスはそう答えた。
「やっぱりそうか……」
イツキは呟いた。
「え?」
族長と部隊長が同時に聞き返した。
「これはシャヴォン湖の主が用意してくれたのでしょう。あの主にとってはこれくらい朝飯前ですから」
「ありがたい事じゃのぉ」
と族長は森の向こうのシャヴォン湖に向かって跪き祈りを捧げた。
「それじゃ、クルス君、皆でエルフの家を建てるのを手伝ってくれるかな?」
イツキは部隊長に振り向きそう言った。
「はい。そのつもりで工兵も連れてまいりました」
「良いねえ。おやっさん。彼らに家を建ててもらいましょう」
「おお、ありがたい。みなさんよろしく頼みますぞ」
族長は立ち上がり部隊長の手を取って感謝の気持ちを表した。
「いえいえ。我々の仕事ですから」
とクルスは照れながら答えた。




