族長オルク
「絨毯は初めて乗ったわ」
「そう? なかなかいいでしょう? 眺めも」
「うん。人が小さく見える。落ちたりしないよね」
「それは大丈夫」
「まあ、夕方までには着くよ」
「ええ、そんなに早く?」
「うん。早く着かないと意味が無くなるしね」
「え? そんなに大変な状況なの?」
「そういう訳ではないんだけどね、このペースなら大丈夫。余裕で間に合うよ」
何故か慌てるどころか余裕を持て余している風に見えるイツキだった。
それがティアナには少し不思議だったが、彼女はイツキの事を信頼して『何か考えがあるんだろう』と安心しきっていた。
それ以上考えると最悪の事態しか思い浮かばないので、思考を停止したと言った方が良いかもしれないが……。
イツキが言った通り、夕方近くにオルモン村に二人は着いた。
上空から見たオルモン村一帯は、シャヴォン湖にかけて真っ白に凍っていた。
そこだけ真冬の世界に戻ったようだった。まるで湖が森を侵食しているようにも見えた。
「は~。こりゃ凄まじいねえ……」
イツキは呆れたように声を上げた。
「ティアナ。おやっさん達はどこに居るんだ?」
「イオデ山の南東の麓よ。このまま降りて!」
とティアナは叫んだ。
絨毯は一気に麓を目指して降りて行った。
「イツキ!あそこ!あの広場みたいなところへ降りて!」
とティアナが指示した場所を見るとそれは森の中のちょっとした広場みたいな空間だった。
イツキは、そこを目指して降りて行った。
降りるとそこは洞窟前の小さな広場だった。そこに族長であり村長でもあるオルクと村人たちが居た。
「おお、イツキ。来てくれると思っていたぞぉ」
族長は両手を広げイツキを抱きかかえて歓迎した。
細身で背の高いオルクはティアナと同じ長いエメラルドグリーンの長髪を後ろで束ねていた。
族長オルクは流石長寿のエルフだけあって、体型はイツキと初めて出会った頃からそれほど変わっていない。
10年単位ではエルフの見た目は全く変わらない。
「そりゃ来ますよ。おやっさんの一大事と聞いたら……」
イツキは笑いながら答えた。
その顔を見て族長もホッとしたのか、安堵の笑みを浮かべた。
見回すと村人もホッとした表情を浮かべていた。
「ティアナ、よくぞ無事でイツキを呼んで来てくれた。流石は我が娘じゃ」
というと今度はティアナを優しく抱きかかえた。
「はい。お父様。イツキが居てくれて良かったです」
と既に涙腺が緩んでいるティアナの瞳は涙で一杯だった。
「本当に大変でしたね」
とイツキが族長に声を掛けると
「おお、本当にな。主があんな事をするとは……何かの前触れかと思うのじゃが……」
と村長はイツキに話しかけた。
「そうでしょうね。主がなんの意味もなくこんな事をするとは思えません。ただ……」
イツキはそういうと口をつぐんだ。
「ただ、なんじゃ?」
オルクはイツキの意図を測りかねて聞いた。
「何か主を怒らす様な事……余計な事を誰かやってませんよねえ……」
とイツキは深刻な表情で聞いた。
「いや、誰もそんな事はしていないと思うぞ」
とオルクは不安げな表情を見せて首を振った。
「本当ですか? 湖にドラゴンの糞なんか放り込んでません?」
「するか! そんな事!」
とオルクは呆れたように怒鳴った。
「でしょうねえ……」
イツキは森を暫く見ていたが、意を決したように
「さて、親子の涙のご対面も済んだので、ちょっくら湖に行ってきます」
と言った。
「おお、もう行くのか?こんな時間から……。ちょっと待て。今村の奴らを集めるから……」
オルクは慌てて人を集めようとしたが、イツキはそれを制して、
「いえいえ。一人で大丈夫です。逆に沢山来られると困りますから」
と、まるで散歩にでも行くように軽い足取りで山を下り、独り森の中へと入って行った。
エルフたちはそれを見送るしかなかった。
オルクはイツキの後ろ姿を見つめながら
「頼んだぞ。我が息子よ」
と呟いた。




