エルフの娘
それはエルフだった。どこからどう見ても誰が見てもエルフだった。
エルフが一人でこのギルドに来る事は珍しい事だ。
通常エルフは森の中に人目を忍んで集落を作って生活している。元来、森の奥に典型的な自給自足の村社会を形成して生きていく種族だ。
そう同じ種族、血縁関係に結ばれた中でしか生きていけない種族だから、ギルドに来てチームを組むとか軍団に所属するという事はあまりない。
なのでギルドでエルフを見かけると、誰もが一様に注目する。
そのエルフは女性のエルフだった。
尖った両耳。エメラルドグリーンに輝く長い髪。背中にかけた弓。左手に持った魔法の杖。どれもが皆注目の的だった。流石、妖精の子孫と謳われただけの事はある。
そのエルフの女はギルドの受付にやってきて、マーサに言った。
「ここに、イツキはいますか?」
マーサはこのエルフの女性が就職相談に来たと思ったので
「イツキはいるけど、登録ならここで出来ますよ」
と応えた。
しかしそのエルフは
「私は、ここに登録しに来たわけではない。イツキに会いに来た。会って伝えなければならない事がある」
と言って精も根も尽き果てたようにその場に膝から崩れ落ちた。
「あなた! 大丈夫!?」
とマーサは驚いて受付から飛び出した。
エルフを抱き起しながら
「早く、イツキを呼んできて!!」
と大きな声で叫んだ。
エルフの意識は消えかけていた……うっすらと近づいてくる足元が見えた。イツキだ。エルフの女は直感的にそれを感じていた。
――イツキはここに居た。居てくれた――
そのイツキの手が床に落ちたエルフの傷ついた弓を手に取るのが見えるのと同時に、彼女の意識は飛んだ。
暫く経ってエルフの女が目を覚ますと、そこには見知らぬ顔が心配そうにのぞき込んでいるのが見えた。
「彼女が目を覚ましたよ」
と叫んだのはマーサだった。
――ああ、さっき受付にいた女性だ――
エルフの女は起き上がろうとしたが、それをマーサが止めた。
「無理しないで、今、魔法で体力は回復したけど、あなた相当疲れているわ」
「ありがとう。でも大丈夫」
そういうとソファーに横たえた体を起こして、背もたれに体を預けた。
「イツキはいないの?」
エルフの女はマーサに聞いた。
「俺ならここにいる」
マーサの後ろからデスクに座ったイツキが応えた。
「あ、イツキ!!」
「どうした。ティアナ」
イツキは立ち上がるとエルフの女に歩み寄った。
「イツキ!……村が……」
そういうとティアナと呼ばれたエルフは瞳一杯に涙を溜めた。
イツキがしゃがみ込んでティアナの背中を軽くさすると、ティアナの涙は堰を切ったように流れた。
「どうした?ティアナ」
優しくイツキは聞いた。
涙声を振り絞りながらティアナは
「シャヴォンの龍が暴れている」
と言った。
「シャヴォン湖の白い龍の事か?」
イツキは驚いたように聞き返した。
「そう」
ティアナは小さくうなずいた。
「あれはシャヴォン湖の主でオルモン村の守り神じゃなかったのか?。それが何故?」
「分からない。三日前の朝、急に湖の上に白い龍が現れたかと思うと村を全て凍らせた」
とティアナは首を振って答えた。
「オルモン村は氷の中か?」
とイツキは眉間にしわを寄せて聞いた。
「そう。村は氷に閉じ込められている。父はイツキに直ぐに連絡を取るよう言うと、村人をイオデ山の洞窟に避難させた。
そして弟はこの国の北のはずれソロウィンの森に向かった。そこには我が種族の仲間がいる。でもその返事を待っていてはそれまでに村は全滅していまう」
「そうかぁ。トロンはソロウィンに向かったか……」
イツキは遠くを見るような目で天井を見上げた。




