そして今日も1日が終わった
「うん。それを言うとあの殿下は怒り狂うと思う」
「分かったわ。アルにも口止めしておくわ。それにしても見事に騎士に引き留めてくれたわね。どうやったの?」
とナリスは笑いながら聞いた。
「何もしてないよ。ロビーで勝手に転んで頭を打ったら気が変わったんじゃないかな。なんせあの皇太子バカだから……まあ、正直に言うと、正攻法で『今更、転職なんて無意味ですよ』って教えてやっても理解したかもしれないが、意固地になったらテコでも動かないタイプだったからな。だから自分で悟るように話を持っていったけどね」
とイツキは答えた。
「お疲れ様でした」
と笑いながらナリスはイツキの労をねぎらった。
「まあ、あのバカ王子もする事無くて、ロイヤルニート状態で王様も持て余していたからな。ちょうど良い時間つぶしになるんじゃないかな」
とイツキは笑いながら言った。
「あら、そうなの?」
「そうだよ。なんせこの国平和だから……それなりに。
魔王が居るのは遠い山の中だし、結構この頃、勇者が増えているからモンスター退治も心配ないし」
「そうねえ……でも、それにしてもよく来るよねえ……一杯……勇者と冒険者だらけ……どんだけあっちの世界はヒッキーとニートが多いんだ!……って感心するわ」
「まあ、ヒキニートは転移するための必要条件かもしれないからなあ……」
イツキは座った椅子を揺らしながら応えた。
「そうだね。イツキもヒキコモリだったの?」
「俺は違うよ。だから、何故ここに来たのかは俺にも分からんよ」
そういうとイツキは首を振ってソーサーの上のティーカップを持ち上げた。
「そうなんだぁ」
ナリスは紅茶を飲みながら頷いた。
「ま、今回は上手く酔っぱらってギルドに来てくれて良かったよ」
とイツキは紅茶を一口飲んでからほっとしたように話した。
「あのバカ王子、酔っ払ってウダウダとしていたから『早くギルドに行かんと置いていくぞ』って脅したのよ」
「なんだそうだったのか……冒険に行く前にはギルドで登録が必要だからな……ところで、冒険はいつから行くんだ?」
「来週末には出るわ。バカ殿下の気が変わらないうちに行く事にする。アルがロンタイルはもう制覇したから、バルドー峡谷に行くって言っていたわ」
「ほ~、あそこならその面子にはちょうど良いかもね。頑張ってレベリングしておいで」
「分かったわ。頑張る」
そういうとナリスはカップをデスクに置いて立ち上がった。
「あと、一人ぐらいは面子欲しいわね。吟遊詩人とかいたら紹介してね」
「何故、吟遊詩人?」
「だって今回の面子が暑苦しそうな奴ばかりなんだもん」
「まあ、言われてみたらそうだな。でもグレースもいるだろう?」
「そのグレースがそう言っているのよ」
と言ってナリスは笑った。今回のパーティでは他に女性はグレースだけだった。
「そっかぁ。分かった。いたら紹介するよ」
「お願いね。じゃあ、そろそろ行くわ。今日は助かったわ」
「どういたしまして。気を付けて行ってね。土産話を待っているよ」
と返事をしながらイツキも立ち上がった。
「分かったわ。ありがとう」
そういうとナリスはイツキの頬に軽く挨拶をして出て行った。
イツキはナリスを見送ったあと自分のデスクに戻ると
「さて……と」
と呟いて、引き出しからウィスキーのボトルとグラスを取り出した。
グラスにウィスキーを注ぐと
「今日の一仕事はこれで終了!」
と、グラスを一気に空けた。