ナリス
その日の夕方、事務所にドアをノックする音が軽く響いた。
「どうぞ」
とイツキは促した。
ドアが開いて入ってきたのは金髪が美しい一人の女性だった。
「こんばんは」
「ああ、ナリスか……そろそろ来る頃間と思っていたよ」
とイツキは笑顔でナリスを向かい入れた。
「今日はありがとう。殿下がやってきて、『やっぱりこのままで行って良いか?』って言ってきたわ。流石だわ」
そういうとナリスはデスクの前の椅子に座った。
「まあ、殿下は何と言ってもこの国では最強クラスの騎士だからな。折角のチャンスなんだから連れて行かんとね」
イツキは笑いながら応えた。
「そうなのよ。それをあの殿下は『魔法剣士』で入るなんて言い出すから焦ったわよ。何考えているんだか……」
「ところでお前、本当に『魅惑』使ってないのか?」
「使ってないわよ。元々、殿下をパーティーに入れるなんて考えてなかったもん。第一そういうのを使うと効力が切れた時が怖いもん。こんなところで使わないわよ」
とナリスは首を振りながら否定した。
イツキは立ち上がってポットを手に取りながら
「それはそうだな……それを聞いて安心したよ」
と呟くように言った。
「そうよ。飲み屋で打ち合わせしていたら、たまたま話しかけてきた酔っ払いがあの殿下だっただけよ。アルがたまたまあのバカ王子を知っていたんで適当にあしらっていたら、何を勘違いしたのか一緒に行くとか言いだして焦ったわよ。よっぽど暇なのね」
とナリスは呆れたような表情で言った。
「ま、殿下もする事が無くてロイヤルニート状態だったんだろう。でも、アルも王子が来るなら歓迎だったんだろ?」
とイツキは笑いながら言った。
「騎士の殿下ならね。それを変に気を使って……何なのあの殿下は? バカなのそれとも気が弱いだけなの?」
とナリスは呆れたように言った。
「悪い人ではないな」
イツキは軽く笑いながら言った。
「それだけはイツキみたいに鑑定眼が無くても分かるわ。でもね、本当はイツキに来てもらいたかったんだけどね。まだ戦えるんでしょう?」
「俺はしがないキャリアコンサルタントだって」
そういうとイツキはナリスの前に紅茶を置いた。
「ふん。そうよねえ……。私が剣士になろうと思ったのはイツキが居たからなんだからね。知っているでしょ?」
紅茶のカップを持ち上げながらナリスは聞いた。
「さあ? 何の事かな?」
イツキは椅子に座りながら答えた。
「まあ、良いわ。あ、それとアルが今度一緒にまたパーティーに行きましょうって言っていたわ。イツキと冒険している時が一番楽しかったって……。兎に角、イツキ感謝しているわ。アルを紹介してくれて」
「いえいえ。あ、アルを俺が紹介した事は、あのバカ王子には黙っておいてね」
イツキは笑いながらナリスに頼んだ。
「え? そうなの?」
ナリスは驚いたような表情で聞き返した。