秘書決定
「そうよ。もう彼らは魔族ですからね。魂売って当然ですわ。おほほほほ」
とメリッサは手を口に当てて楽し気に笑った。
「うるさい! メリッサ!」
イツキはそう罵った後にヘンリーに向かって
「おい、ヘンリーあんたまで何を乗っているんだ? もう分かっているんだろう?」
と聞いた。
「いや、まあね……というかどういう事だ。この秘書はオーフェンのところにいた黒薔薇騎士団のメリッサだろう? 聞きたいのはこっちの方だ」
ヘンリーにもこれがあのメリッサである事がすぐに分かったようだ。
「はい。いずれイツキの妻となりますが、それまでは秘書としてよろしくお願いします」
メリッサは悪びれもせずにそう言い切った。
ヘンリーはその返事を聞くとニヤっと笑って
「ほほぉ……よく分からんが、メリッサに魅入られた……という訳だな」
とイツキに言った。
「いやそれは違います。見初めたと言って頂きたいものです」
と一瞬でエプロン姿の新妻に変身したメリッサが口を挟んだ。
「なるほど……」
ヘンリーは深く頷いた。
「いや、そうではなくて……ヘンリーもそこで納得するな。俺にもよく分からんのだ。気がついたらこれが押しかけてきていた」
イツキは慌てて全てを否定したが、遅かったようだ。
「魔王オーフェンの娘が秘書かぁ……それはそれで良いのではないか? これから黒槍騎士師団にもっと人を送り込む事になるんだからな。ちょうど良いと言えばちょうど良い」
ヘンリーはイツキの意見を省みることもなく一人納得し始めていた。
「おい。ヘンリー。冗談はよしてくれよ」
「いや、イツキ。これは冗談ではない。メリッサの給料はギルドで出すから是非とも雇いなさい。これはギルマスからの命令です」
とヘンリーは真顔で言った。
「え??」
イツキは絶句した。
「ヘンリー様。ありがとうございます」
メリッサはそう言って再びOL姿に戻ってヘンリーに深々と頭を下げた。
「イツキの秘書かぁ……花嫁修業には良いんではないか?」
ヘンリーは笑っていた。
「ヘンリー、面白がっているだろう?」
イツキは恨めしそうにヘンリーの顔を見た。
「そんな事は無い。これからのギルドの事を考えても最良の方法だと思っているよ。では」
「え? 何か用事があったんじゃないのか?」
とイツキは驚いてヘンリーを呼び止めた。
「それはまた後で良い」
「先にメリッサの入社手続きをしないとな」
そう言うとヘンリーは笑いながらイツキを見捨てて部屋を出て行った。
――こんな面白い事は早くみんなに伝えなければ――
ヘンリーは悪企みの笑みを浮かべならがイツキの部屋を後にした。
イツキは力なく自分の席に座るとため息をついた。
「なんでこんな事になるんだぁ?」
「あの日、あなた様がわらわを木っ端微塵にされた時から、これは約束されていたのです」
「自業自得だと?」
横目でメリッサを睨みながらイツキは聞いた。
「はい」
メリッサは満面の笑みで微笑んだ。それは魔女というより一人の恋する乙女の笑顔だった。