押しかけ秘書
ある日、いつものようにオフィスで暇をつぶしているとノックの音がした。
たまたまドアの前にいたイツキは
――誰だろう?――
と思いながら
「はい」
と返事をしてドアを開けた。
目の前にマントを頭から被った女が立っていた。
イツキはそれを見ると何事も無かったように無言でドアを閉めた。
「ちょっと待ってぇな。何で閉めるの!!」
女はドアを勢いよく開けるとそのまま中へ入ってきた。
「何しに来たメリッサ!」
とイツキは叫んだ。
「なんだ、分かっていたのかぁ」
「当たり前だ。俺を誰だと思っている」
「わらわの愛しいスウィートハートだと思っておるぞ」
イツキはバカな事を聞いたと心の底から後悔した。できる事なら今言ったセリフは返して欲しかった。
「誰もそんな事は聞いていない。それより何をしに来た。お前に用はないぞ」
「わらわにそんな冷たい言葉を浴びせ倒すのはそなた様だけじゃ。つれないのぉ」
「それは良かったな。だから何をしに来た?」
「そんなものは決まっておろう。ここで働きに来たんじゃ。主様の秘書でもやりに」
「秘書なんか募集してない。それに黒薔薇騎士団はどうした?」
「あれはステラに任せておるわ」
「ステラってあの青い髪の騎士か?」
「そうじゃ。よく覚えておいでで」
「お前を木っ端みじんにする前に健気にも盾となって先に砕け散っていたからな」
「あれはいい女じゃ。わらわには負けるが」
「自分で言うか?」
イツキは呆れたように呟いた。
「それよりオーフェンはどうした? オーフェンはこのことを知っているのか?」
「父上は黙って見送ってくれたぞ」
「なんだと? あのクソ爺……でも、それはまずいだろう?」
イツキは呆れたようにメリッサに聞いた。
「まずくない。ステラに任せたから大丈夫だ!」
「いや、そんな問題ではなく、一応魔王の一人娘だろうが? オーフェンも心配だろう?」
「何を心配するのじゃ?」
「変な男に拐かされないかとか?」
「それは既にここで拐かされておる」
「違うだろう!」
イツキは声を上げて否定した。
「第一、わらわを拐かすような男がこの世の中に他にいるとは思えませんが?」
「ぐ……」
確かにそうだった魔王オーフェンの一人娘で黒薔薇騎士団の団長、剣の腕はキースに次ぐ実力の持ち主だ。
拐かすことがあっても拐かされる可能性は限りなく低い。というかメリッサにそもそも誰も近寄らないだろう。
「まあ、という事でわらわはここで働くことにするから……机はここに置きますからね」
そう言うとメリッサは呪文を唱え部屋の入口近くの壁際に机を設置した。
それと同時にメリッサの恰好は魔女から如何にも大企業のやり手OL風のスレンダーな姿になった。
「なんだ? その恰好は? 魔女のスーツ姿なんて聞いた事も見た事も無いぞ」
「これか? ダイゴとエリーに教えてもらったのじゃ。イツキのいた世界ではこれが秘書の正当な衣装だと聞いてな」
「あいつら余計な事を……」
そう言いながらイツキの目はメリッサの豊満な胸と再度スリットからすらっと伸びた白くて細い足を素早く確認していた。
「そう、これならイツキもきっと気に入るだろうとエリーも言っておったぞ。どうじゃ、気に入ってくれたか?」
メリッサは自信満々に笑顔で聞いた。
その表情はあまりにも魔女いや魔王の娘からかけ離れていて、純粋な少女のようなあどけない笑顔であったためイツキは思わずドキッとしていたが
「ふん、なんでエリーもそこに乗るかな?」
と言ってその場を取り繕った。