ダイゴ
朝からイツキはいつものようにギルドのオフィスで暇を持て余していた。
決して忙しくならないところがこの仕事のいいところでもあると、イツキはそう思っていた。
ノックの音がした。
「どうぞ」
とイツキは声を掛けた。
ドアがゆっくりと開いて一人の男が顔を覗かせた。
「お久しぶりです」
男は黒く焼けた顔で笑いながら部屋に入ってきた。
「おお、ダイゴじゃないか? 元気にしていたかぁ。よくぞモンスターに狩られずに生き残っていたなぁ」
と満面の笑みでその剣士姿の男を部屋に迎え入れた。
その男は大柄な男で勿論イツキよりも背が高かった。入り口の高さに注意しながらその男は部屋の中へのそっと入ってきた。
そして男は案内されるまま応接の椅子に腰を勢いよく下ろした。
椅子がその瞬間たわんだ。
「おいおい、その図体で思いっきり座られたらソファーが壊れるだろう」
イツキは笑いながらクマのような男ををたしなめた。
「あ、済みません」
ダイゴは素直に謝ってから頭をかいた。
「冒険に行っていたのか?」
イツキはダイゴに珈琲を入れながら聞いた。
「はぁ。そのつもりで世界を旅していたのですけどね……」
ダイゴは歯切れの悪い物言いで最後は言いよどんでいた。
「旅していたけど、肝心のモンスターが全然いなかった……というわけか?」
イツキはダイゴの話を継いで言った。
「そうなんです。出会うのは、昨日今日冒険者になった素人ばかりだし、ロンタイルは殆どでモンスター狩りが禁止されているし……。結局、魔王だけを倒しに行ってきただけですよ」
ダイゴはそうと言うとイツキから差し出された珈琲カップを受け取った。
「そうかぁ。よくそれで魔王に立ち向かってやられずにすんだな」
イツキは感心しながらダイゴに聞いた。
「ええ、レベリングの必要はなかったですから。たまたま組んだパーティメンバーもレベリングはほとんど終わってましたしね。ただ魔王を守るモンスターも魔獣もたいして出てこなかったのが寂しかったですがね」
「う~ん。そうだろうねえ。この前、ロンタイルの魔王オーフェンの宮殿に行ったけど、ほとんど誰もいなかったよ」
「え? オーフェンをまた倒しに行ったのんですか?」
「いやいや、それはないよ。ちょっと頼みごとがあって行ったんだけどね。オーフェンと副官のザルバとお茶飲んで帰ってきたわ」
イツキは苦笑いしながらダイゴにその時の話をした。
「なんだか、それも寂しい話ですねえ……でもオーフェンとお茶を飲むだけでも凄い話ですけど……」
「そうかぁ?」
イツキは意外だというような顔をして聴き直した。
「そうですよ。この世界で気楽にオーフェンの宮殿に行ってお茶を飲んで帰ってくるような戯けた事をいう奴はイツキさんぐらいしかいませんよ。普通なら殺されますよ」
ダイゴは呆れながらそう言った。
「そうかぁ……言われてみればそうかもなぁ」
そう言うとイツキは珈琲カップをゆっくりと口元に運んで飲んだ。
飲み終わると軽く息を吐いてから
「ところで、今日はどうしたんだい? 転職でもするのか?」
と聞いた。
「あ、そうだ。そうなんですよ。その相談で今日は来たんですよ。実はね。イツキさんもご存知の通りモンスターが居ないんですよ。だからもう冒険者していても仕方ないんですよ。仕事の依頼も全然ないし……森に入ったら山賊しか出てこないし……まあ、これはこれで暇つぶしと人助けにはなるんですけどね」
「う~ん。森の中で君に出会った山賊に同情するよ」
イツキは本当に同情したように顔をしかめた。
「なんでですか!?」
とダイゴは憤って言うと珈琲を一気に飲んだ。
イツキは『熱くはないのか?』と思ったが敢えてそれを口にせずに黙っていた。
「そこでイツキさんに何かいい職はないかと相談に来たんですよ」
「急ぐの?」
――それより口の中は大丈夫なのか?――
と呆れながらもイツキは聞いた。