約束
「また、強くなってしまうなぁ……」
とトシが寂しそうに呟いた。トシはアイリスが自衛団に居るころから、彼女に剣術で勝った事が無かった。
「なんだ? トシ、文句あるのかぁ?」
とアイリスはトシを睨みつけて言った。
「ないよ。全然。ふん!」
とトシは明らかに不満げに返事をした。
「でも、まさかここであんたに会えるとは思わなかったな。会えて良かったよ」
とアイリスは表情を緩めながらトシに語り掛けた。
「冒険が終わったらすぐに来るって言っていたんじゃなかったのか?」
トシがそれに答えた。
「ごめん。まだ踏ん切りがつかなかった。でも、気持ちは変わっていないから信じて」
とアイリスは素直に謝った。さっきまで見せていた強気な表情は微塵も無かった。
「分かっているよ。でもこれ以上強くなるな。俺が勝てなくなる」
トシそう言うとアイリスに笑顔を向けた。
このニ人の会話を聞いていたエリザベスとヨッシーはお互い顔を見合わせた。
お互いの顔に『もしかして……』と書いてあるのを確認してから、もう一度このアイリスとトシの顔を見た。
そんな視線を感じたトシは
「そうだよ。アイリスは俺の婚約者だよ」
と二人の疑問に応えた。
「え~~~~~!!」
二人は絶叫した。
アイリスとトシは顔を赤くして俯いた。
「なんでまた、そんな人が居るのに黒騎士なんぞに……」
とヨッシーは呟いた。当然の疑問である。
それに応えるかのようにアイリスは
「確かに燃え尽き感が凄くて、このまま約束通り結婚しても良いかな。とも思ったんだけど、そんな状態で結婚するのもトシに不誠実な気がして……。で、『イツキさんに相談したら?』ってトシに言われて行ってみたのよ。そうしたら第一声が『主婦になれば?』だったから驚いたわ」
――そのまま主婦なれば良いのに……あほや――
とヨッシーが思った瞬間
「お前ら今、全員で私の事を阿呆とか思っていないか?」
とさっきの密猟者から奪った剣を構えた。
三人は激しく首を振って否定した。
――しまった。こいつは自分に対して悪意に満ちた感情は分かるんだった――
トシはアイリスのチートを思い出した。
他のニ人は『なんで分かったんだ?』と不思議がっていた。
アイリスは話を続けた。
「その時に黒騎士になれると聞いて、憧れのキース様の下で働けると思うと居てもたってもいられなくなったのよ」
「え? トシさんが居るのに?」
ヨッシーが思わず聞いた。
――なんて奴だ――
とヨッシーは思ったが、それは悪意では無く単に呆れ果てていただけなのでアイリスには悪意として伝わらなかった。
「キース様は憧れのスターよ。トシは愛する彼氏。全く別のもんよ」
アイリスのその答えに同意の表情を示したのは、同じ女性のエリザベスだった。
ヨッシーとトシはお互いに顔を見合わせて苦笑した。
「でも、ここでトシに会えるとは思わなかったわ。顔を見たら分かったわ。やっぱりトシは私の大事な人だって。だから待っていて頂戴。絶対に戻るから」
「分かったよ。待っているよ。ただこれ以上強くなるな」
とトシは笑って応えた。トシはこれ以上尻に引かれるのは嫌なようだ。
「それは約束できなけどちゃんとトシの元に帰るのは約束するわ」
「分かった。それだけで充分だ」
トシは笑ってそういうとヨッシーに振り向いて
「そろそろ、戻ろうか……。時間だ」
と言った。
「はい。でもいいんですか?」
「良い。また会えるから。そうだよな。アイリス」
「そうよ。絶対に生き延びてみせる」
とアイリスは強い決意を見せた。
「判った。じゃあ、俺は待っているよ」
そういうとトシはアイリスに笑顔を見せてから歩き出した。
それを追うようにヨッシーもついて行った。
ヨッシーは『本当はもっと一緒にいたいくせに』と思っていたが、『でも流石はトシさんだな。格好いいな』と密かに尊敬していた。
「さて、私たちも戻りましょうか?」
アイリスはエリザベスに笑顔で言った。
それを見たエリザベスも笑顔で応えた。
「はい。憧れのサディストに会いに行きましょう」