発電施設
イツキとマッタケは馬車で発電所までやってきた。
発電所と言っても松島が指摘した通り川に水車小屋を作って発電機を回したり、川の高低差を利用した小水力発電施設だった。
まだ、大規模なダムを造る技術は無かったし、作ったところでそれに見合うだけの発電施設を作る事は更に不可能だった。
コンクリートを作る技術は何とかなったが、土木工事となるとそれだけではどうしようも無かった。
土魔法で川の水をせき止める事は出来たが、それがいつまで持つのかは誰も分からなかった。土木工学の専門家はまだこの世界に転移してきていなかった。
もしそういう技術を持った人間が転移していたとしても、イツキの前に現れていないという事はすでにエタの呪いにやられたか魔獣にやられたかのどちらかだろう。
イツキは現在発電所を任せているイシダを呼んだ。彼ももちろん転移者で元は電気工学専攻の学生だった。
「イシダ君、元気か?」
と出迎えた若い技術者に声を掛けた。
「はい。イツキさん。お久しぶりですね。今日はどうしたんですか?」
「うん。今日は凄い人を連れてきたよ。なんと発電所で働いていたマッタケさんだ」
「ええ、そうなんですか? それは凄い。ありがたい。とうとうそんな人までやってきたんですね」
イシダは喜んだ。一応自分は専門分野ではあるが、まだまだ学ぶ側だった。それが転移してきたら何もないところで『発電所をやれ』だったので兎に角無我夢中でやってきた。
それなりにやれた自信はあるが、もどかしさの方が大きい。
「よろしくお願いします」
とマッタケが手を差し出すとイシダは笑顔で握手をした。
「こちらこそよろしくお願いします」
「こちらは水車ですよね」
とマッタケはそばを流れる川に設置された水車を見ながら聞いた。
「はい。今、目にしていただいているのは最初に僕とイツキさんで立ち上げた水車発電施設です」
とイシダは説明した。
「なる程」
「この奥にプロペラタービンとアルキメディアン・スクリューの発電施設もあります」
とイシダが言うと
「ほぉ。マイクロ水力発電ですか? 発電出力はどれくらいですか?」
と興味を持ったのかマッタケが聞いた。
「正確さには欠けますけど、大体発電機一つで30Kwあるかないか位だと思います」
「なるほどぉ。それは立派だ」
とマッタケはイシダの返答を聞いて感心したように何度も頷いた。
「この川はそれなりに水量が多いのと、高低差が20mぐらいあるので思ったよりは発電できています。今の目標は年間で30万キロワットですかねぇ」
とイシダは説明を加えた。
「水車以外は設備も大変だったでしょう?」
「はい。土砂やごみは導水路や取水マスで取り除くようにしました。今は沈砂池の造成を考えています」
「ほほぉ。それは凄い」
とマッタケイシダの説明を聞いて感心していた。
その様子を見ていたイツキは
「取りあえず、所長は今日から僕からマッタケさんだからね。よろしくね」
とイシダに声を掛けた。
「はい。分かりました」
とイシダは明るい表情で応えた。
「マッタケさん。目標はこの街全部がオール電化になる事なんで、よろしくお願いします」
そういうとイツキはマッタケに頭を下げた。
「いえいえ。こちらこそ、路頭に迷わずに済みます。ありがとうございました。ところで、この世界はガスはないんですね」
「ガスは手が回らないです。それも考えて貰えればありがたいです」
さっきまで『オール電化』と言っていた舌の根も乾かないうちに、イツキはガスの供給も口に出した。
「ははは。分かりました。エネルギー分野はまだ未開拓な訳ですね。それならそれでやりようがあります」
マッタケは今この異世界で自分がこれまで培ってきた技術や知識を活かそうと決めた。
残された家族の事は心配だったが、定年を待つだけだった人生から一転してまだ現役でそれも開拓者として働ける……そんな思いがここに来た不安感を押しのけつつあった。
「取りあえず、マッタケさん、これからはイシダ君が生活の事とかも相談に乗りますので、後はイシダ君とよろしくお願いします」
イシダは自分より経験も知識も豊富な人が来たので嬉しかった。イツキが話している間も目を輝かせてマッタケの事を見ていた。
「はい。分かりました。まずは全戸供給を目標に頑張ります」
マッタケはイツキにそう約束した。
「それじゃ、イシダ君あとはよろしく。他のメンバーにも紹介しておいてね」
「分かりました」
イシダは元気よく応えた。
その返事を満足そうに聞いたイツキは、馬車に乗ってまたギルドに戻っていった。