転職先
「無理ですか?」
イツキは確認するように聞いた。
「ああ……」
とイゼルグは力なく首を横に振った。
「仕方ないですね。このままでは『新月の童貞』ぐらいしか紹介できるところはありませんね……」
とイツキはたまたま思いついたパーティ名を口にした。
「なんだと!! あそこは『変態の集まり』で有名なパーティだろう?!」
イゼルグの反応は早かった。ギルド内でもそれなりに話題になるパーティだった。
「まあ、そう言う噂もありますがね」
とイツキは言いながら視線をそらした。どうやらイツキも分かって言ったようだ。思わず口走ってしまったと少し後悔していた。
「噂ではなく事実だろう?」
「ええ、まあぁ……趣味の人の集まりとだけ言っておきましょう」
とイツキは応えながら
――流石にここは無理か――
と諦めていた。
『新月の童貞』それは主に転移者を中心に組まれたパーティだった。
ここに転移する前はヒキコモリ・ニート・キモヲタそして文字通り童貞の集まりだった。
しかし前世ではこういう異世界モノへの造詣は深く、ゲーム攻略に関しては相当な知識と技術を擁する者達でもあった。そして転移時にそこそこなチート能力を授けられた者達でもあった。
見方を変えれば、この世界に来るべきして来たというエリート集団とも言えた。
故に同じ転移者からは嘲笑的な呼称でもあったが、この世界に元から居た人間にとっては変態ではあるがツワモノたちというイメージも同時に存在した。
「そうか……そこしかないか……分かった。そこでお願いする」
イゼルグは顔をしかめながらも納得したように言ってイツキに頭を下げた。
「え? 本気ですか?」
イツキは驚いて聞き返した。
「本気だ。よろしく頼む」
とイゼルグは再び頭を下げた。
「後で後悔しませんか?」
「しない!」
「まあ、そこまで言うのであれば……」
とイツキは受けごたえしながらデスクの上に積まれた求人票の束から『新月の童貞』の募集要項と求人票を抜き取った。
「あなたも童貞ですね」
とイツキは明るい表情で言った。
イゼルグは無言で俯いた。
「大丈夫。心配しないで。誰でも最初は童貞です。今から紹介状を書きますからね。あとで気が変わったって言わないで下さいよ」
とイツキは何の足しにもならない慰めを口にすると、念を押すように確認した。
「そんな事は言わん。男に二言は無い」
とイゼルグは断言したが
――そんな事を言って今まで直ぐにけつ割ってんじゃん――
とイツキは思っていた……が思っただけで声には出さないでいた。
「じゃあ、これを持って受付のマーサのところへ行ってください。あとはマーサの指示に従って下さい」
と紹介状と求人票をイゼルグに手渡しながら言った。
イゼルグは立ち上がると
「判った。色々と相談に乗ってもらってありがとう」
とイツキに礼を述べて部屋から出て行った。
その後ろ姿を見ながらイツキは
「まあ、あそこのパーティはキモヲタが多いが、この世界を愛してやまない奴らだから、童貞同士案外うまくやっていけるんじゃないかな……それに三十越えて童貞だったら魔法使いになれるって噂があるってヨッシーも言っていたし……」
と一人呟いた。