礼儀正しい男
イツキはいつものように事務所で暇そうにギルド新聞を読んでいた。
早いものだ。
あのオーフェンの宮殿での宴会からもう数か月。月日の経つのが早い。
今日も朝から暇だ。
ノックの音がした。
マーサが顔をのぞかせた。
「寝てません?」
「起きているよ。失礼な」
イツキは新聞から目を離すと笑いながらマーサに応えた。
「今日のお客さんです」
そう言ってマーサは笑いながら顔をひっこめた。
代わりに入ってきたのは五十過ぎのオジサンだった。一目見てこの世界には場違いな転移者だというのが分かった。
ヒキコモリでもニートでもない。定年間近なサラリーマン……そんなところだろうとイツキはこの男を値踏みした。
相手は自分より大先輩の良識ある大人だ。このパターンは珍しい。いつものヒキニートの高校生ではない。
イツキは幾分緊張しながら
「どうぞ、そこへお座りください」
といつものように自分のデスクの前の椅子を男に勧めた。
「あ、はい。よろしくお願いします」
と言って書類をイツキに渡してその椅子に座った。
今までの高校生とかヒキニート野郎とか酔っ払ったバカ王子と違って、常識的な対応にイツキは非常に好感が持てた。
イツキはマーサから渡された書類に素早く目を通してから
「初めまして。ここでキャリアコンサルタントをしているイツキです。よろしくお願いします」
と改めて自己紹介を兼ねた挨拶をした。
「あ、こちらこそ初めまして。私は松島武雄と言います。53歳です」
「今日はどうされましたか?」
「あのぉ……一体ここはどこなんでしょうか? 良く分からずに来てしまったんですが……」
松島武雄と名乗る男は不安げな表情でイツキに聞いた。
「松島さんはいつここに来られましたか?」
イツキはなるべく心配を与えないように、にこやかに笑いながら聞いた。
「ついさっきです。気が付いたらここに居ました」
「そうですか……何か……そうですね。車に轢かれたとか、何かありましたか?」
「いえ。仕事に行こうと家を出て駅に向かっていたはずなんですが、気が付いたら知らない道を歩いていて、周りを見たら異様な光景が広がっていたという訳なんです」
「異様な光景とは?」
「はい。普通に真昼間からバニーちゃんが歩いていたり、バルカン星人が沢山歩いていたり、びっくりしました」
「異様ねえ……そうですよねえ……付け耳でない本物の耳のバニーちゃんや、耳がとんがったMrスポックがうようよいるような世界は異様ですよねえ……僕は見慣れましたが……」
とイツキは笑いながら松島の話に同調するように頷いた。
「で、ウロウロしてその辺を歩いている人に『ここはどこだ?』と聞いたら、聞いた事もないような地名を言われて……何度か同じような事をしていたら、ここに連れてこられたという訳です」
と松島は疲れ切った表情を見せて言った。
そんな状況を見ながらイツキは
「ここに連れてこられて正解でしたね。まず松島さんが今いる場所は、今まで松島さんが住んでいた世界ではなく違う世界です。異世界です。何故か理由は分かりませんが、松島さんはこの異世界に飛ばされて来たようです」
と松島に彼が置かれた状況を説明した。
「異世界ですか……。信じられん……」
松島は驚いたように目を見開き首を振った。
「はい。異世界です。で、この世界に飛ばされてきた人は沢山います。山ほどいます。道で石を投げたら転生者に当たると言われる位います」
とイツキは今この世界の現状を軽く説明した。
「そんなにいるですか……」
松島はそれを聞いて更に驚くとともに少しホッとした。自分だけではなく同じような境遇の人間が他にもいると聞いて少し安心したようだった。