到着
その返答を聞いて
「ほぉほほ。まあ、いい男と言える方でしょうな」
シドはにこやかに笑いながら応えた。
彼はいつも世界が楽しさで満ち溢れていると錯覚させるような笑顔でリチャードに接していた。
それが彼の基本的なスタイルなんだろう。
リチャードはこの老師を一目見て嫌な印象は持たなかった。
どちらかと言えばもう少し話をしてみたかった。
この飄々とした老師がイツキの師匠と言われるのもなんとなく分かる気もした。
「老師は何故この船に」
アルカイルが聞いた。
「気まぐれの旅じゃ。幾つになっても見聞は広めておかねばな」
「どうですか? 一緒に旅をしませんか?」
リチャードが聞いた。
「ほぉほほ。お気づかいは嬉しいが、冒険の旅の足手まといになっても申し訳ありませんからな。今回はご遠慮させて貰いましょう」
シドはまたもやにこやかに笑いながらリチャードも申し入れを断った。
「では、旅が終わったら王宮にお越しください。是非とも一度じっくりとお話がしたい」
リチャードは残念そうに言った。事実リチャードはもう少しこの老師と話をしてみたかった。
「そうですな。折角のご招待ですからな。気が向いたらお伺いしましょう」
そう言ってシドは丁寧にリチャードにお辞儀をした。
「老師はイツキと会いましたか?」
アルカイルはシドに聞いた。
「この頃、あやつとは会っておらんが、会わなくても何を考えとるかはよく分かるわ。ほぉほぉほほ」
そういうと笑い声を残してシド老師は船尾へと去っていった。
「アル。あの人は単なる賢者ではないだろう? 他も経験しているだろう?」
「……してます。剣を使わせても相当の腕です。素手でもそこら辺の剣士には負けますまい」
「だろうな。話をしていても隙が無かった……いや、隙だらけに見えたが、そこに踏み込んだらどうなるか分からなかった。間合いが全然読めなかった。全く勝てる気がしなかった」
リチャードはそう言ってアルカイルの顔を見た。
「老師はそういう人です。ある意味イツキと似ているところがあります」
アルカイルは応えた。
「そのようだな」
そう言いながらリチャードの頭に何故かニヤケたイツキの姿が浮かんだ。
少し腹が立った。
「多分、イツキが唯一勝てない人でしょう……色んな意味で」
アルカイルはシドの後ろ姿を目で追いながら言った。
「まもなく港に着きます。着岸事故防止の為、身近にある手すりにお掴まりください」
という船員の声が聞こえた。
と同時に船員が忙しそうにデッキの自分の持ち場に付きだした。
「セール、下ろせ」
船員たちがその声の後を復唱している。
「舵切れ」
ゆっくりと船体が岸壁に近寄ていく。
「もやい、準備」
「ポート着け」
「もやい、投げ」
舳先にいる船員がロープを岸壁から海上に伸びている浮き桟橋に向かって投げた。
船はゆっくりと舵のない左舷を浮き桟橋に着けて止まった。
もやい綱を受け取った浮き桟橋のクルー達は係留柱に素早く八の字でロープを結んで順次右手を上げた。
『もやいOK』の合図だった。
その一連のキビキビした動きをナリスたちは感心しながら眺めていた。
桟橋から船の入口に橋が掛けられ、船客が降り始めた。
「さあ、着いたぞ。降りよう」
リチャードはパーティの面子に声をかけた。
これから彼らのアウトロ大陸の旅が始まる。