シド
「ええ。ありますよ。その時は大変な思いをしましたが、今になってはいい思い出です」
「そうなんですね。よくぞご無事で」
ナリスはこんなじいさんが凄いなと思った。それを見透かしたように男は
「言っておきますが、それはワシがもう少し若い頃の話ですよ」
と笑いながら言った。
「あ、済みません。分かっちゃいましたか」
ナリスは慌てて謝った。
「ほぉ、ほほほ。気にしなくていいですよ。アバントは破壊の王、奈落の帝王と呼ばれています。蠍の尾を持ってますからその尾っぽには気を付けなさいよ」
その男はナリスに魔王アバントの特徴を教えた。
「はい。気をつけます」
「ま、本気で国ごと一気に破壊する力はあるのですが、個別の戦いとなるとほどほどの強さです。普通に戦って負けることはないでしょう」
男は絶えず笑顔を見せながらナリスと話をしていた。
ナリスはこの男と話をしている最中、かつてどっかで会った事があるような親近感を覚えていた。
「ただ、やっつける時は素早く仕留めるように……でないと八つ当たりのように他に迷惑をかける事になりますから」
「他に迷惑?」
「はい。その通りです。こでがこの魔王がややこしいやつと言われる所以ですな」
「へぇ。そうなんですね」
ナリスがこの男と話をしている時、他のメンバーは反対側のデッキにいたが、ナリスが見知らぬ男と立ち話をしているのにアルカイルが気が付いた。
アルカイルは目を細めて見ていたが、突然目を見開きナリス達に近寄って行った。
男の傍まで来るとアルカイルはその男に声をかけた。
「シド老師ではありませんか?」
その声を聞いて男はゆっくりと振り返りアルカイルを見た。
「おお? なんじゃ? アルか? 久しぶりじゃのぉ」
男は懐かしそうにアルカイルに声を掛けた。
「またナンパですか?」
アルカイルが珍しく笑いながら冗談を言った。
「あほぉ。イツキじゃあるまいし、わしがそんな事をするか!」
とアルカイルにシド老師と呼ばれた男は応えた。
「え? アルの知り合い?」
ナリスは驚いて聞いた。
「そうだ。この人はシド老師と言ってイツキの師匠だ」
「え~そうなんですかぁ」
ナリスはさっき懐かしさを感じたのはイツキと同じ匂いがしたからだからかな? と思った。
「お主もこのお嬢さんと一緒かえ?」
シドはアルカイルに聞いた。
「はい。一緒に参ります」
「なら大丈夫か……」
シドは少し考えてから呟いた。
「ええ。皇太子もおりますし」
アルカイルはそういうと目でリチャードを探した。
「ほぉ、筋肉皇子も一緒か」
「誰が筋肉皇子ですかな?」
シドの後ろからリチャードの声がした。
「おお、これはこれは皇太子様ですか。とんだ失礼を」
シドはリチャードに頭を下げて失礼を詫びた。
「いえいえ。お初にお目にかかる。老師があのイツキの師匠ですか?」
リチャードはシドの軽口を全く気にしていなかった。
それよりもイツキの師匠のシドに興味が湧いていた。
「ほおほほ。そうみたいですな。イツキをご存知か?」
「ええ。知っております。この旅をする前にギルドで会いました。癖がありますが良い男でした」
とリチャードは正直にイツキへの感想を述べた。