変化
それは三日目の舞台が終わってから起きた。
ナリスと一緒に舞台を降りるといつものように観客は拍手とお捻りをもってナリスを迎えた。
その後ろを帽子を持って、お捻りを回収するのがスチュワートの仕事だった。
最後のお客さんからのお捻りをもらって、ほかのメンバーが待つテーブルに向かおうとしていたら、スチュワートの行く手を花束が遮った。
花束の向こうには若い女性が立っていた。服装から白魔道士の冒険者であることは直ぐにわかった。
彼女は花束をスチュワートに差し出すと
「あなたのハープの音色で癒されました」
と言うとお辞儀をして去っていった。
スチュワートは自分の身に何が起きたのか理解できずに立ちすくんでいた。
理解出来た時には、その女性は店からも居なくなっていた。
「良かったね。スチュワート」
ナリスが優しく声をかけてくれた。
「うん。これって僕にだよね……」
スチュワートは顔を赤くして頷いた。
「そうよ」
とナリスは微笑んだ。
スチュワートは気が付いていなかったが旅が始まって一ヶ月余りで、彼はナリスが旅の前に予言した通り一気に痩せた。
痩せたスチュワートは貴族だけあって、今まで脂肪の奥底に隠されていたそれなりの持って生まれた育ちの良さと気品が出てくるようになった。
それに加え、この三ヶ月近い戦いの日々は、それなりに彼を見た目だけでなく精神的にもたくましく育てていた。
暑苦しい腫れぼったかったまぶたもすっきり二重まぶたに変わり、厚ぼったい唇までも精悍さを漂わせる薄い唇へと変貌していた。
どこから首か分からなかった顎はスッキリとした鋭角が現れ、胸板の厚さがたるんだ波打つ脂肪から逞しい筋肉に変わった。
本人は痩せたことには気がついていたが、容姿までもが変わっていた事には気がついては居なかった。
旅立つ前のスチュワートしか知らないイツキなら、今の彼を見ても誰だか気がつかないだろう。
それほど彼は変貌していた。
「スチュワート!」
眼を見開いたリチャードが席に戻ってきたスチュワートを睨んで名を呼んだ。
「はい!」
スチュワートは震えあがって返事をした。昔の彼なら返事も出来なかっただろう。
「やるじゃないか! もうこれでお前の事をヒキニートと呼ぶ奴はいないぞ!」
とスチュワートの背中をバンバン叩いて喜んでいた。
未だにスチュワートの事をヒキニートと呼んでいるのはリチャードだけだった。
「あ、はい」
スチュワートは思いがけないリチャードの言葉に涙が零れそうになる位嬉しかった。
「だから、これからも『スチュワートの愉快な釣り仲間作戦』を頑張ろうな!」
と朗らかに言った。
「は、はい」
喜びの涙は悲しみへと変わった。
それを見てアルカイルとモーガンは顔を見合わせた。
リチャードに悪気がないのが分かる分だけに苦笑せざるを得なかった。
ナリスとグレースはそんなスチュワートに
「いつか本当にスチュワートと愉快な仲間たちと思える時が来るよ。それを信じて頑張ろ。焦ったらダメだよ」
「そうそう。私はあんたの唄で、癒されるようになってきたよ」
と元気づけた。
「うん」
スチュワートはナリスの言葉は何故か素直に信じることができた。
彼のヒキコモリはいわば食べず嫌いみたいなもので、人との接触が少し苦手だった幼少期がきっかけだった。なるべく人を避けるようになったのと、両親も敢えて人との関わりを強制しなかった。
だから彼の場合、人に全く興味がなかった訳ではなく、どう接していいのかが分からなかっただけだった。