成長するスチュワート
「そろそろ、この辺も狩猟禁止区域に指定されるかもしれないな」
ある日、あまりにも少ない魔獣の出現にリチャードがそう嘆いた。
「まあ、そうですね。ここからならジブタル海峡を渡って、アウトロ大陸に渡った方が良いかもしれませんね。ここが禁猟地域に指定されるのであればバルドー峡谷もそうなるかもしれませんよ」
とアルカイルが言うと
「バルドーもそういう状況か……」
とリチャードは驚いたように声を上げた。
旅に出てから二か月あまり、まだ首都近辺での訓練期間なので目的に変更は何ら問題はない。
「俺はアルの意見に賛成だが、他の者はどうだ?」
「私は異存はないです」
ナリスは応えた。それに呼応するようにグレースもモーガンも頷いた。
「僕も……」
とスチュワートが言いかけた途端
「全員の意見が一致したところで行く先を変更する」
とリチャードは即断した。
「バルドーは諦めて、行く先はジブタル海峡を渡ってアウトロ大陸のゴドビ砂漠にする。ここには迷宮があったはずだ。ナリスはそれで良いかな?」
「それで良いと思います」
とナリスが応じると全員が黙ってうなずいた。
「それではタリファン岬を目指しますか」
とモーガンがロンタイル大陸最南端の岬の名前を口にした。
「そうだな、そこからグレースの魔法でテレポーテーションする。それでいいな」
リチャードはそう言って皆に確認した。
人見知りでヒキニートだったスチュワートも、この一か月で少しずつ仲間と話ができるようになった。
リチャードの叱責にも耐えられるようになってきた。歌も少しは上手くなったような気がする。
たまに昔取った杵柄ではないが元踊り子のナリスが、唄に合わせて踊ってくれるのが嬉しかったりする。
ナリス一行はバルドー峡谷から目的地をアウトロ大陸のシビ砂漠に変更した。
現在はシュルテェン山脈を目指して歩いていたが、ここからは街道を南下しタリファン岬を目指す事になった。
今までは森の方が多かったが、ここからは平野が多い。周りは見渡す限りの草原だったりする。
例によって例のごとく先頭はスチュワートだった。
今日もスチュワートが唄いながら歩き、その後をナリスが暇つぶしに踊りながらついていくというパターンだ。
「スチュワート! 唄もだけどハープの腕も上がったんじゃないの?」
と踊りながらナリスがスチュワートに声を掛けた。
「え? そうかなぁ……」
「うん。間違いなく上手くなっているわ。こうやって後ろで踊っているとよく分かるわ。この頃、あなたの歌は踊りやすいもん」
ナリスはそう言ってスチュワートを元気づけた。
スチュワートは嬉しそうにハープを鳴らした。
途端に魔獣が五匹ほど現れた。
巨大なサンショウウオが立ち上がったようなモンスターと巨大化した花のお化けのモンスターだった。
どちらも草原地帯に多くいるモンスターだ。
「珍しいな。このレベルのモンスターがまとまって出てくるなんて」
ナリスの耳元でリチャードが呟いた。
「息を吐かれると面倒なので、両サイドの二匹は俺とアルで即効で倒す。後はよろしく」
そう言うとリチャードとアルカイルは両サイドに別れて切り込んだ。
イツキに『アルが気になる』と吹き込まれてしばらくはアルカイルの行動に注意していたリチャードだったが、この頃は、そんな事を忘れたかのように呼吸の合ったコンビで戦っていた。
いや、実はもう完全に忘れていたかもしれない。根が単純なだけに……。
剣士や騎士はその刃を見ていれば、自ずとその人間が分かる……リチャードはそう思っていた。
その視点からアルカイルを見ると一片の曇もない真っ直ぐな剣だった。
もっとも最初からアルカイルは何もやましいところはなく、イツキがその場限りの言い逃れでアルカイルの名前を出しただけなので、剣も曇りようがなかった。