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その男

 その男は気が付いたらこの世界に来ていた。

別にトラックに轢かれた訳でも、飛び出して来た車に驚いて死んだ訳でもない。

気が付いたらここにいた。





そう、ここは異世界。

RPG(ロールプレイングゲーム)で散々やったあの世界だ。

十数年前その男はここに来た。





 いつものように彼はギルドの受付窓口のそばの部屋で暇を持て余していた。

彼の年齢は三十歳くらいか。ガッシリとした体型はそこそこ鍛えられている予感がする。

見るものが見れば、この世界で生き延びてきたものだけが(まと)う貫禄みたいなものも感じられるであろう。


 服装は中世を思わせるものだが、どこか近代的な雰囲気も感じる。ただこの時代・この世界では斬新なデザインと言えるだろう。

デスクに足を乗せて椅子の背もたれに体重を預けて面倒くさそうに書類に目を通していた。


 ノックの音がした。

「イツキはいるか?」

ギルドの受付係のマーサの声だ。


「いるよ」

とイツキと呼ばれた男はデスクから足を下ろして返事をした。


 扉が開いた。

マーサは男を一人連れて入ってきた。

「イツキ、あなたの仕事よ。よろしく」

と、それだけ言ってマーサは部屋を出て行った。


 そこにはオドオドした高校生風の男が一人取り残されていた。

そろそろ散髪に行く頃合いだというぐらいに伸びた髪。

ま、言ってしまえばどこにでもいそうな高校生。


 その男を一瞥したイツキは

「はじめまして、イツキです……取りあえずそこの椅子に座って……」

と笑顔で入り口で突っ立ていた高校生風の男にデスクの前の来客用の椅子を勧めた。


男は(うなが)されるままイツキのデスクの前に座った。


「さて、今日はどうしたのかな?」

とイツキは聞いた。


「済みません。ギルドってここで良いんですよね。」

男はすがるような目をしながらイツキに聞いた。

どうやら男は、苦労してやっとここまでたどり着いたらしい。


「その通り。ここでいいよ。何? 職探しているのかな?」


「はい……多分……」

男は弱弱しい声で応えた。


「多分? まあ、良い。で、前職は何をしていたのかな?」

とイツキは聞いた。


「今、高校生です。あ、二年生です」

「高二かぁ……」

イツキの瞳に薄い憐憫(れんびん)の色が浮かんだ。


「はい……」

男の返事は相変わらずかぼそくて弱い。


「しかし、この世界には高校なんていうものはないぞ。どっから来た?」

それに比べてイツキの声には張りがある。というか男の弱腰をたしなめるかのように力強く部屋に響く。


『高校なんか存在しない』と否定されて男は焦りながら

「僕は埼玉から来た……というか気が付いたここにいただけなんですけど、一体ここはどこですか?」

と聞き返した。男の声には不安な気持ちが余すところなく表れていた。


 イツキはそれには答えずにさらに聞いた。

「車に轢かれて気が付いたらここに来たとか?」


「え? あ、はい。多分トラックに轢かれたと思います」

男は一瞬考えて答えた。


「で、実はヒキコモリとか?」


「いえ、ヒキコモリではないですが、休みの日は家にいる事が多いですが……」

おどおどしていた割には男ははっきりと返事を返すようになっていた。

少しは落ち着いてきたかもしれない。


 イツキはニタっと笑って

「おめでとう。ようこそ異世界へ。君は正真正銘の正統派・異世界へ生まれ変わりし選ばれた者です」

と言った。

「あと、ヒッキーでニートなら完璧だったんだがな」

と笑いながら残念がった。

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