ある日、トー横で
1
「お前本当に使えないな」
転職して半年。半年しか経っていないのにもうこの言われようだ。つくづく俺は社会に向いていないみたいだ。
もう36になるのに、一回りも下の人間にこき使われ罵倒される。この世は理不尽だ。俺が何をしたっていうんだ。
前に務めていた会社も嫌になってやめた。金がそこを尽き仕方なく今の会社に入った。超がつくほどの零細企業だ。
二十代は俺を罵るこいつだけ。ほかは全員俺より年上だ。パソコンもろくに使えないような人材しかいない。しかし新人である俺にだけこいつは辛く当たる。
もうどうでもよくなってその日は定時に帰ってやった。
「使えねえくせに帰るのだけは早いんだな」
うるせえよ。無視して退社してやった。怒声が聞こえたが無視してやった。ここもそんなに長くは続かないだろうな。こんなときは女を抱きたくなる。俺はその足で新宿に向かった。トー横で女でも買おう。今まで店しか利用したことがなかったが、何となく素人がよかった。それも未成年がいい。バレたらクビどころじゃ済まない。でも良いだろう。どうにでもなれだ。
新宿に着くとコンビニでビールを数本購入し、大久保公園の方へ向かった。ずらりと若い女が立ち並んでいる。その中にここには似つかない、いやむしろここらしいというべきか、どう見ても未成年、というか中学生くらいの女が座っていた。
「おい、いくらだ?」ぶっきらぼうに尋ねる。
「ホ別で3でいいよ」
ホテル代は別でプラス3万円でやらせてくれるってことだ。俺は了承した。
汚い激安ホテルに女を連れて行く。ホテルに到着しチェックインを済ます。モニターすらないちっぽけなホテルだ。
部屋に移動し、持参したビールを飲む。
「お前も飲むか?」
「いらない」
無愛想なやつだ。俺は強引に女を押し倒し行為に及んだ。脱がすと痣だらけだった。だがそんなことは気にしない。貪るように荒く抱いた。女はマグロもいいとこだったが、締りが良く、久しぶりなこともあってすぐに果てた。つまらないセックスだ。そのままベッドに横になる。
「お前いくつだ?」
「15」
「家には帰らなくていいのか?」
彼女は笑う。
「おじさん、お父さんみたい」
そうだよな、この年くらいの女が子どもでもおかしくない年になっていた。俺もフっと笑った。
「おじさん、私帰るとこないんだけど、今日泊めてくれない?」
正直泊めたくはなかった。未成年と一緒にいるだけで今は色々とうるさい。いや昭和でもだめか。でも俺も一人になりたくなかった。
「一日だけならな」
「本当に?ありがとう!」
女は嬉しそうだった。
電車移動はまずいと思い、タクシーを拾い家路についた。ボロボロのアパートだ。この年でこんな所に住んでいるなんて恥ずかしくも思えるが、仕事が続かない俺には仕方なかった。
「おじゃまします」
女を連れてくるなんて何年ぶりだろうか。離婚してからというもの女からは縁遠い生活を送っていた。
女は15にしては礼儀正しかった。靴もちゃんと揃えるし、部屋の隅にちょこんと正座して座った。
「足くらい崩せ。自分の家だと思って好きにしていいぞ」
「私、家でもこうだよ」
通りで痣だらけなわけだ。虐待か何かされているんだろう。俺にはどうでもいいが。
「ここはお前んちじゃない。足をくずして楽にしろ」
女は言う通りにした。従順なやつだ。
「名前は?」
「あかり。おじさんは?」
「俺はおじさんでいい」
「ふーん」
「あかりは家に帰れないのか?」
「帰っても殴られるだけだから」
面倒くさい女を連れてきてしまったと後悔した。今日は泊めてやるがいつまでも置いておくつもりはない。冷蔵庫からビールを取り出し一気に飲み干す。今日はすぐ寝よう。明日も一応仕事だ。行くかどうかは別だがな。
朝目が覚めるとあかりの姿はなかった。勝手に帰ったのか。面倒が起きなくてホッとした。のも束の間ビニール袋を両手にあかりが帰ってきた。
「朝ご飯作ってあげるね」
「金はどうしたんだ?」
「昨日おじさんからもらったお金で買ったの」
手際よく朝飯を作り出す。味噌汁に卵焼き、ご飯に焼き魚までついてきた。こんな立派な朝食久しぶりだ。
「はい、いただきます」
「い、いただきます」
どれも最高に美味かった。とても15歳の作るものとは思えなかった。
「毎日作らされてたから料理は得意なんだ」とはにかむ。なんだか不憫に思った。
「俺は会社に行ってくる。鍵はいいからお前も出てけよ」
一応通帳や印鑑など貴重品を持って家を出る。貯金などまったくないが念の為。
会社に着くと例のごとく罵声を浴びる。無視を貫き目の前の仕事に集中する。しかし、やはりむかっ腹が立つ。いつか殺してやりたい。やめた時は覚えておけよ。絶対に殺してやる。そう思いながら仕事した。WEB関連の仕事だ。1日中パソコンの前にかじりつく。逃げ場などない。ひたすら嫌味に耐え抜く。そうして定時になったら帰る。定時に帰ることに対しての嫌味や怒声を背に退社する。
辞めたい。でも辞めてどうする?また同じことの繰り返しになるだけだ。もう耐え抜くしかないんだ。耐えて耐えて、最悪上司を殺して俺も死んでやる。そんなことを考えているうちに家に到着していた。しまった、飯を買うのを忘れた。でももう引き返したくない。とりあえず帰宅することにする。
玄関の戸を開けると懐かしい匂いがした。カレーのにおいだ。
「おかえりなさい」
あかりがカレーを作っていた。
「もう少しでできるからくつろいでいて」
「お前帰ったんじゃないのか?」
「言ったでしょ?帰るところなんてないって」
なんてこった。厄介なことになる前に追い出さなくては。
「おい、とりあえずここから出ていけ!ここはお前の家じゃない」
「だから、私の家なんてないんだってば」
「いいから出てけ!ここは俺の家だ」
「まあまあ、カレーでも食べて落ち着いてよ」
とカレーを一人用の丸テーブルに並べ始めた。
「ふざけるな!」
俺はあかりを押し倒した。
「いいよ」
あかりは目をつぶった。とっさに立ち上がる。
「そんなつもりじゃない!いいから出てけ!」
「出てけ出てけっていうけど行くとこなんてない!」
あかりは目に涙をためて訴える。
「とりあえずカレー食べよ?ね?」
俺は根負けして床にドカっと座った。目の前にはうまそうなカレーが見える。
「はい、いただきます」
「っ、いただきます」
二人並んで食事を取る。腹が満たされるにつれ怒りがすっと消えていくのを感じた。
「はい、おふとん敷くからどいて」
布団は一式しかない。
「俺はどこで寝るんだよ」
「一緒に寝るんだよ。さ、おいで」
俺は言われるまま一緒の布団に入る。あったかい。
「あ、その前にお風呂入らなきゃね。一緒に入る?」
「いいから先に入れ」
俺は言って気がついた。今日も泊める気満々じゃないか。急に恥ずかしくなってくる。
「おまたせ~」
あかりが浴室から出てきた。俺のスウェットを着ている。ブカブカだ。俺も黙って風呂に入る。風呂と言ってもシャワーしかないが。
「それじゃあ寝ようか」
「ああ」
布団に一緒に横になる。俺は股間が熱くなるのを感じる。
「いいよ」
あかりが言う。俺は静かにあかりを抱いた。
2
それから奇妙な同棲生活が始まった。一日の生活費をあかりに渡して俺は会社に出かける。帰ってくると夕飯の支度をしてくれている。2日に1回あかりを抱く。もう荒々しくなく、ちゃんと慈悲を持って、あかりが気持ちいいと思ってもらえるように。あかりもそれに応えるように優しく俺を包み込む。こんな感覚は久しぶりだった。別れた女房を思い出す。俺が酒に溺れてだめにしてしまった最愛の妻。
俺は気がついたら酒を絶っていた。あかりに言われたわけではない。ただ別れた女房と同じ過ちを繰り返したくなかった。俺の中であかりはかけがえのないものになっていたのかもしれない。
「おじさん、名前は?」
「カツジ」
「じゃあかっちゃんだ!」
ある日、会社が休みであかりと二人で部屋でくつろいでいると玄関のチャイムが鳴った。あかりが出る。恐らく新聞の勧誘かなにかだろう。しつこかったら俺が出ればいい。
「かっちゃん!」
大きな声で呼ばれた。ここは男らしく追い払ってやろう。意気揚々と玄関に向かう。そこにはスーツ姿の男が二人立っていた。一人は年配、もう一人は二十代後半だろうか。
「行方不明の子を探していましてね。あ、私こうゆうものです」手帳を目の前に差し出す。
「椎名あかりちゃんだね。恐れ入りますが、二人共署まで来てもらえますか」
俺は頭が真っ白になった。そうか捜索願だされてたんだ。てことはあかりとはこれまでってこと?そんな、やっと心が通じあえたのに?また最愛の人をなくすのか?そんなのもう懲り懲りだ。
「かっちゃん!」
俺はとっさにあかりの手を取ると反対側のベランダから勢いよく飛び出した。後ろで応援を呼ぶ声と「待て!」と追いかけてくる若めの警官の声が聞こえる。とにかく逃げるんだ。もう失いたくない。仕事なんてどうでもいい。とにかくあかりと離れたくない。
どれだけ走っただろう。気がついたら雑居ビルの非常階段にいた。
「はあはあ、あかり、大丈夫か?」
「はあ、はあ、私は大丈夫。でも、かっこよかったよ」
俺はあかりを抱きしめた。夢なら醒めてくれ。お願いだから。
俺は27で結婚した。最初は順調だった。仕事もうまくいっていたし、そろそろ子どもでもつくろうかなんて話もしていた。でもその後会社の業績が悪化し、残業続きになり、俺は酒に逃げた。結局会社は潰れて、残ったのはアル中になった俺と最愛の妻だけだった。なのに俺は妻にあたった。毎日のように酒を浴びては妻を罵った。それでも甲斐甲斐しくパートで俺を食わせてくれていた。それなのに俺は何も変わることなく、ある日妻に限界が来て逃げ出してしまった。一人じゃそんな生活続けられるわけなく、とりあえず今の会社に転職した。俺は未だに後悔していた。でもあかりを失うことはもっとそれ以上に後悔する。俺にはわかるんだ。
「来年になったらあかりは16歳になるから結婚しよう」
「うん、私かっちゃんのお嫁さんになる。毎日ご飯作ってあげる」
「子どもは二人がいいな。男と女ひとりずつ」
「私は子沢山がいいな~。四人はほしいな」
「多いにこしたことはないな」
「エッチいっぱいしようね」
「あかりがいいならな」
何時間たっただろうか。カツンカツンと足音が聞こえる。非常階段のドアが開く。
「もうおしまいにしようや」
声の方を振り返るとおっさんの警官がいた。うしろにも何人かの人影が見える。
「待って!かっちゃんは悪くないの!私が全部悪いの!お願いだからかっちゃんだけは許してあげて」
あかりの涙声が響きわたる。
「君の行方不明届けを出したのは児相だよ。だから施設に帰るだけでいい。虐待の診断が取れたんだ。この男にもすぐに会える」
「本当に?本当にすぐ会えるの?」
「ああ、本当さ」
「かっちゃん、すぐ会えるって!」
「ああ、そうだな」
俺には嘘だってすぐに分かった。俺は恐らく接近禁止命令が出て二度と出会えない。でもあかりが施設に移送されるなら、クソ親から逃れられるならそれでよかった。
「あとは頼みます」
そう言って俺はパトカーに乗車した。あかりは泣きながらずっと俺を見ていた。
3
「飯島さん、資料できました」
「おう、ご苦労さん」
俺は未だにこの会社にいる。あのクソ年下上司が退職してから順調だ。会社も大きくなり、俺も出世することができた。
「飯島さん、お客様がいらっしゃっています」
得意先の新田さんだな。さっき電話があった。俺は資料を片手にオフィスの受付に駆け寄った。
「やっと会えたね」
そこには見覚えのある女性が立っていた。
「もうあれから5年だもんね。でも会社が変わってなくてよかった。やっと会えた」
俺にはもう何も見えなくなっていた。滲む視界のなか、俺は彼女を強く抱きしめた。