悪の魔王を打ち倒せ
革命だ!
ベスは引き続き思案する。それは同居人についてである。今のベスには愛情を注いでくれる保護者が身近に存在しなければならない。なぜならベスは愛され系幼女であり、また保護者の存在は幼女になった目的の一つでもあるからである。
(貴族のご令嬢の身の回りに居そうな人って、両親、義兄姉、乳母、執事、従者に侍女に護衛に召使い? どう考えても、この部屋にはそんなに寝泊りできないわ。せいぜい、私とあと二人ぐらいかしら)
ベスは窓から室内に向き直り、小首をかしげた。
室内には弾力を失ったマットレスが乗ったシングルベッドが壁に沿って配置されている。そのそばのこたつ机には、中央にラップトップPCが置かれ周りには空のペットボトルや処方薬の残骸が飲み散らかされている。机の脇のゴミ袋は弁当ガラで一杯である。ベッドの延長線上には文庫本とコミックがまばらに詰まった小ぶり本棚が存在している。
自由にできる領域は、本棚と、それに対向する壁面に挟まれた空間しか無かった。成人二人が横になっても余裕はあるが、三人では寝返りがうてない程度のスペースである。
ベスが居住しているのは、大変慎ましやかな25平米の1Kである。貴族の邸宅にしては、あまりにも狭小が過ぎるだろう。これにはベスの複雑な生い立ちが関係しているのかもしれない。
しかし背景はどうあれ、25平米という物理的制約は動かせない。本来、大勢の人間から愛されるべきベスであるが、二人を残し他を切り捨てざるを得ない。心優しい愛され系幼女ベスは頭を悩ませた。
(パパとママと三人暮らしと言いたいところだけれど、それだと庶民でしかないのよね。それに私の両親と、滋賀県に住む田中の両親との関係も整合性を持たせないといけないし、まずは両親は宮廷に出仕していて王都に住んでいることにしておきましょう。)
ベスは田中の両親を忌まわしき過去と切り捨てることはなかった。なんと情の深い人であろうか。しかし、その結果としてベスには両親が四人も存在する事となってしまった。矛盾なく両親を四人存在させる身の上とはどのようなものか、王都とは一体どこを指すのか、ベスの両親は道ならぬ間柄であるのに王都で同居は問題が無いのか。ベスの身上はふんわりと曖昧模糊になりつつある。
しかしそれによってベスの愛らしさが失われる事は無いだろう。子供である以上は、少なからずふわふわとして考えの至らない部分が残されている方が自然であるし、その点に少なからず庇護欲を抱かされものである。逆に、すべての事象に対して瑕疵の無い応答をする幼児など作り物めいていて不気味と言うほか無いだろう。
(執事のマオと、侍女のアンの二人が同居していることにしましょう。マオは辮髪で青龍刀の使い手、アンはエプロンドレスで紅茶を淹れるのが得意なの)
ベスは上機嫌で使用人について夢想した。ステレオタイプなイメージであるが、幼い子供の空想である。差別的だなんだとあげつらう程の事では無いだろう。
「あなたがマオ!」
ベスはこたつ机の上に転がっていた緑茶の空ペットボトルを手に取って屈託の無い笑顔を浮かべながら告げた。
「そしてあなたはアン!」
今度は、コーヒーの空ペットボトルに告げた。
そうしてベスは、マオとアンを胸に抱き口付けを落とした。
こうしてベスは瞬く間に独居問題を解決してしまった。子供ならではの柔軟な発想と、そして優れた実行力を有するベスならではの解決策である。これには誰もがベスに高い芸術点を与えるだろう。
特にせいぜいリサイクルゴミとしか見なさなれない空ペットボトルに人間的価値を見出す慧眼、そしてゴミと言う社会的に低い立場にあるモノにも偏見を持たない博愛の心、これらを鑑みればベスが年若いながらに人間的成熟を果たしていると理解できる。
(寝る前に神様におねだりして本当の人間にしてもらうの。できれば人形があれば良かったんだけど、この部屋には一つも無いのよね。まぁ依り代なんて神様にとってはきっと些細な問題だから大丈夫)
どうやら、マオとアンには肉体と人格を与えられるらしい。
この願いも、おおよそ間違いなく聞き届けられるだろう。それはベスが良い子だからである。どれほど良い子であるかと言えば、まず生まれてからこれまでに殺人強盗放火強姦誘拐詐欺などに手を染めた事が無い。さらには暴力を伴う革命によって国家転覆を企てたり、政治的あるいは宗教的な目的達成のためにテロ事件を起こした事も無い。それどころかニンジンとピーマンも調理方法次第では頑張って食べる事ができるのだ。この様な子を良い子と言わずして、誰を良い子と言うのだろうか。つまり、ベスの願いが聞き届けられるのは至極当然の事なのである。
このようにマオとアンのベスとの出会いは劇的であった。
その身を粉微塵に砕かれてリサイクルされるか、あるいは焼却炉に放り込まれ無慈悲な炎によって炭化させられる運命にあったマオとアン。そんな絶望的な状況にあった二人を助け出し、さらには人間としての第二の人生を、生きる目的を与えたベス。二人がベスに対して固く忠誠を誓ったであろうことは想像に難くない。
そうして翌朝、ベスの目論見は外れ、空きペットボトルは空きペットボトルのままでありマオとアンは空想の彼方に消え去ったのであるが、ベスはくじけない。くじけない心それがヒロインに求められる条件であり、貴族令嬢ベスがこの世界のヒロインであることを鑑みれば至極当然有している資質である。
「マオもアンも見捨てはしないわ。悪の魔王に奪われたその身体を必ず私が取り戻してみせる」
なんとマオとアンは、この世界を牛耳っているらしい悪の魔王に身体を奪われているらしい。
「おそらく自民党あたりが怪しいわ。こういうのは政府を疑っておけば十中八九間違いないの。私がワケアリ貴族令嬢に身をやつしているのも、間違いなく政府のせい、これは必ずそう何故なら田中は政府の被害者だから。」
権力の被害者である田中と他生の縁があるベスとしても自民党を許すことはできなかった。
マオとアンから身体を奪った自民党、田中から希望を奪った自民党。決して許せない許してはいけない。かような巨悪を打ち砕き、正義と希望の炎で国会議事堂を溶かし尽くし日本を再生せねばならない。ベスは心に固く誓ったのだ!
ちなみにベスは自民党総裁が誰かも知らないし、野党との違いもよく分かっていない。分からないからといって何だというのだろうか?こういうものはノリと勢いが、こと更に大切なのである。
こうして激しい義憤にうち震えるベスは、上下を黒のジャージに身をつつみ、髪の毛は無理やりツインテールにし、背中のリュックサックにマオとアンを刺して、意気揚々と国会議事堂に向かったのである。貴族令嬢ベスの初陣は国家権力の本丸であった。
電車の中では、妙に注目を浴びてしまうような気がしたが、おそらくは自民党壊滅への期待感の表れであろう。決して、ツインテールのせいではない。民衆は腐った政府の打倒を強く望み、そして行動を起こしたベスというヒロインに期待を寄せているのだ。
「悪の自民党員の怪しげな呪術によって数多の国民がペットボトルにされてリサイクルされている。このような暴虐が許されてなるものか。野党は何をしとるのか。全ての悪を私が打ち払う。革命だ!」
ベスは国会議事堂に正対すると、その門扉に向かって勢いよく駆け出した、そうして門扉を乗り越えようと跳躍した。
されども敵は悪のアジトの本丸である、容易には門扉を飛び越えることはならず、強かに体全体を鋼鉄製の門扉に打ちつけたベスは思わず涙した。
「いたいいたぁーい!ちょっとマジでいたい!折れたかもしれない!わかんないけど折れてるって!」
悪の魔王を目の前に心が折れそうになっている。
そうして激しい抗議の意を主張するベスを警備員が取り押さえ始めた。しかしこのような国家権力に阿る木っ端どもに屈するベスではない。
「ちょっとやめてよ!いたいって!私はヒロインなの!触らないで!胸とか触らないで!」
悪の魔王軍に負けるなベス!
「もうしないから許してください。すみませんでした。すみませんでした。」
嗚呼、嗚呼……
ベスに永遠の栄光を!!!
すべてに打ち勝つことはできない




