0話 プロローグ「総ての始まり/英雄登場」
1話の2倍くらい長いプロローグです。
─24/08/29 ×気管支→〇気管 誤用に気を付けます。
4月22日、土曜日。太陽が最も高い位置にある頃。
その日はよく晴れていて、心地よい風が青くなった桜の木を揺らしていた。
俺は最寄りの大型ショッピングモールに特撮ヒーローの玩具を買いに来ていた。
俺の1番好きなヒーローの変身ベルト(玩具)がシリーズ50周年記念で再販されていて、引きこもりが日課の俺も流石に買いに来るしかなかった。
(なんというか感慨深いな、放送当時のは大災害の時に無くしたからなぁ……)
今日は素晴らしいお出かけ日和かつ土曜日ということもあり、人が多い。
賑やかなショッピングモール内を、いつもの癖で注意深く眺めながら、俺はショッピングモール内にある家電量販店の「ゲーム・玩具」コーナーで例の変身ベルトを見つけた。
「ユリちゃん、誕生日プレゼントは好きなの選んでいいからね」
「う〜ん………」
「どうせウィズキュアのグッズだろ、悩み過ぎじゃないか?」
「お兄ちゃんには分からないかもだけど、色々あるの!誕生日プレゼントなんだから悩んだっていいでしょ!」
「まぁいいじゃないか今日くらい。お父さんも誕生日プレゼントはよく悩んでるよ。」
俺の目的の商品棚の反対側、少女向けヒーローのグッズがある商品棚の前に、誕生日プレゼントを買いに来たらしい家族が居た。
こういう家族水入らずの空気感のそばにいるだけでなんだか居た堪れない気持ちになってくる。
(…………早く帰って遊ぼう)
目的の物を素早く買い終えた俺は逃げるように家電量販店をあとにし、小腹も空いてきたので「せっかく久々に外に出てきたんだからクレープ店でおやつにしよう」とフードコートに向かった。
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──・・・・・・・
太陽も西に傾き、陽だまりが涼み始めた頃。
クレープも食べ終え我慢できず玩具の箱を開封したことを後悔しつつ、そろそろ日課の引きこもりに戻ろうかとショッピングモール内の1階を出口に向かい歩いていた時。
──────突如、空間が裂けた。
ソレはショッピングモールのメインストリート、道の真ん中が1階から5階にかけて吹き抜けになっているその2階から4階の空間に、スマホの強化ガラスにヒビが入るような音と共に現れた。ソレを見た俺の直感は「緊急事態」だと告げていた。
脳裏に10年前の大災害がフラッシュバックする。あの時も、あの裂け目があった。
(今俺が今動かなきゃ、誰が動くんだよ!)
かつての俺の原動力を思い出す。同時に、それが招いた悲劇も思い出してしまった。
助けようとした人を殺した俺が、誰かを助けていいのか?また同じ過ちを繰り返すんじゃないか?
そんな不安が俺を襲う。
(それでも誰かがやらなきゃ、ヒーローは居ないんだから!)
足りない勇気を貰うために、開封済みの変身ベルトを取り出し、簡単な手順で変身する。やはり偽物だ、だが今の俺には十分だ。
戦う覚悟を決めて、辺りを見回す。何人かが空間の裂け目に気づいたようだが、俺の方を見る人もいる。そりゃそうだ。しかしこの状況はマズイ。
ここが危険であるということを、ショッピングモールの全員に直ぐに報せるには、どうすればいいか。
(確かあの辺りに…あれだ!)
大災害の後に建てられた建物には必ず着いているそれに、素早くたどり着いた俺はそのスイッチを「大災害」に合わせ、赤いボタンを拳で強く押した。
瞬間、耳障りな災害警報が鳴り響く。多くの人が俺に気付く。
俺は空間の裂け目を指さし、警告する。
「あの空間の裂け目は危険だ!早く逃げろ!これは撮影じゃない!」
俺が指さした先、今人々の注目が集まっているそこには、裂け目の向こう側から、裂け目を力ずくで押し広げるように、赤黒い鉤爪を伸ばした巨大な獣の両手があった。
「大災害の時と同じだ!早く逃げろ!繰り返す!これは撮影でもなんでもない!直ちに避難しろ!」
事態の深刻さに気づいた何人かが慌てて避難を始める。それに気づいた人達が人の流れを作り始める。しまった、このままではパニックになってしまう。俺のせいだが。
「これは訓練じゃない!「おはしもて」を守れ!速やかに避難しろ!「おはしもて」だ!」
日本人なら誰でも知っている緊急避難の標語を呼びかける。これでパニックが少しでも落ち着いてくれればいいのだが。
再び空間の裂け目を見据えると、裂け目の向こう側で赤い眼が鋭く光り、獲物を逃がさんとばかりに睨んでいる。
裂け目の周りに人は居ない。避難する人の波が裂け目からかなり離れてきた。
とはいえ、ショッピングモールにいる人達の完全な避難にはまだまだ時間がかかるだろう。
次に俺がするべきことは──
「君も早く逃げろ!」
中年の清潔感のある男性が俺に避難を促す。家電量販店で見かけた家族だ、今は1人のようだが。
しかし、俺は避難する訳にはいかない。
「ありがとうございます。でも俺はここで時間を稼ぎます。逃げ遅れた人もいるだろうし」
「無茶だ!」
「あなたこそ早く逃げた方がいいですよ、家族と来てるんでしょ?」
「…!そうだがはぐれたんだ!家族を探さなくては!」
「ダメです。「しかし!」それはパニックを起こすだけです。あなたも早く避難してください。逃げ遅れた人は俺が逃がしますから」
「ッ………………わかった。避難するよ………。君も必ず逃げるんだぞ」
「ありがとうございます」
無茶でも無理でも誰かがやらなければ被害が増すだけだ。怪獣の相手をして時間を稼ぎつつ、逃げ遅れた人を逃がす。ヒーローは居ない。誰かがやらなければならないなら、それは妻子持ちの家族思いな男ではなく、俺のような社会不適合者がやるべきだ。
しばらく避難を呼びかけていると、遂に怪獣がその全貌を顕にする。
二足歩行の超巨大なカピバラに、狼のような頭とクマのような両腕を持った怪獣が、真っ赤な光に染まった目で此方を見つめる。尻尾は無いようだ。
こうして、俺の時間稼ぎは始まった。
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──・・・・・・
体感で15分くらい過ぎただろうか、俺は怪獣の攻撃を避け続けつつ逃げ遅れた人を3人助けた。無傷という訳にはいかなかったが、致命傷は受けていないし、傷もない。
そして俺がここまで生きていられるのは、俺の実力だけの結果では無い。というのも、怪獣はどうやら獲物を殺したいのではなく、捕らえたいらしい。その証拠に、怪獣の手はクマ──どちらかと言えばパンダ──のように物を掴めるようになっている。爪の先もさほど鋭くはない。とまぁ怪獣の腕は爪で傷つけるというよりも、手で捕らえる造りをしている。
他の攻撃方法も乏しく、常識外の怪獣の割にわかりやすい動きをする。
おかげでここまで耐えれているが、俺の体力も限界だ。途中で起動させたスプリンクラーの水と音にかなり体力を奪われる。次に人を助ければ捕まるかもしれない。
そろそろメインストリートを抜けて食料品売り場の荷物入れ場の辺りだ。食料品売り場は色々なものがある。、時間稼ぎに使えるものもあるだろう。
怪獣が勢いよく両手を振って掴みかかる。俺は一瞬速く怪獣の懐に滑り込みそのまま怪獣の裏を取る。
その時。食料品売り場の方から、女の子の声が微かに聞こえた。
「おとうさーん!おかあさーん!どこーー?大丈夫ー!!?」
だんだん声が近づいてきている。マズイ。怪獣を足止めする手もまだない、今子供を助けるのは命取りになる。
「来るな!君は早く避難しろ!」
(頼むからこれで避難してくれ…………)
「え!大丈夫ですかーー!!」
声がさらに近づいて来る。逆効果だったらしい。
怪獣が反時計回りに振り向きながら右前脚で薙ぎ払う。俺は近くのベンチを踏み台にして、荷物入れ場の方へ飛び上がると、怪獣の薙ぎ払いが俺の足元ギリギリをすり抜ける。
怪獣が大振りで体勢を崩した隙に着地し、その勢いのまま滑って距離をとる。
だがもうすぐ女の子がここに着いてしまう。そうなれば、体力的に俺は逃げられないだろう。
ピチャピチャという足音がさらに近づいて来る。
マズイ、怪獣がちょうど足音の方を向いている。今出てきたら怪獣の標的にされてしまう。
(今のうちに策を考えないと……)
ここにあるのは、大量のショッピングカートといくつかの買い物済みのショッピングカート、それから開けっ放しのドライアイスの装置に入っている袋。
(これでできることは…………)
「大丈夫ですか!」
少女が俺たちの前に姿を現す。
(おかげで大丈夫じゃないかもしれない。なんて言う訳もないが…………)
怪獣が新しい獲物を見つける。
「G゛U゛O゛O゛O゛O゛O゛O゛O゛O゛!!!!!!!!!」
怪獣が感情の読めない雄叫びを上げる。この世のものでは無いその声と姿は、まだ幼い少女を固まらせるには十分過ぎた。
怪物が少女に向かって歩き出す。
どうにかして、怪獣の注意を少女から逸らしつつ、少女を助けなくてはならない。
俺は近くの重そうなショッピングカートをいくつか怪獣に向けて全力で押し出す。
直ぐに1つの空のカートを押しながら少女の元へ駆けつける。
固まっている少女を丁寧に持ち上げカートに乗せ、近くの出口の方へ全力で押し出す。かなり雑になってしまったが、怪獣から素早く遠ざけるには今はこれくらいしかない。
「大丈夫だ!君の家族ももう避難してるから!早く君も避難するんだ!」
身体に無理をいわせて声を上げる。
「………!で、でもお兄さんは!?」
少女がハッとした様子で返す。
「大丈夫だ。皆を逃がしたら俺も逃げる。死ぬのは御免だ」
もう大きな声は出せなかったが、できる限り強がって見せた。これで避難してくれるといいんだが、一抹の不安が残る。
少女を見送り、怪獣の方に向き直ったその時。
怪獣の巨大な両手が、視界の両端を隠していた。
(くそ!やらかした!ほんとにバカだな俺は!時間かけすぎだ!)
両手で俺を掴んだ怪獣は、その両手を口元に運ぶ。
俺も抵抗はしているが、怪獣は全く意に介していない。
俺の体が頭から、怪獣の巨大な口の中に入り始める。
その時、突然意識を奪われそうになる。
(な…にか……方………法…………は………………)
♪〜〜〜
怪獣が触れたのか、変身ベルトから必殺待機音がなり始める。
それを聞いて、俺の意識は目覚める。
「…!……俺が…!偽物だとしても……!…………ヒーローは……諦めない…………!!」
俺の全身が怪獣の口内に収められ、怪獣が手を離す。俺は怪獣に食べられた。
しかし、俺はまだ生きている。まだ抵抗できる。最後の力を振り絞り、怪物の口内にしがみつく。
(あった、怪獣のクセに肺呼吸かよ、だがおかげでまだ戦れる。)
俺は一か八か、気管の方に飛び移る。
さっき手に入れたその袋を怪物の気管に直接入れる。
袋の中身が怪物の気管に入り、俺は食道を落ちていく。
その瞬間、怪物が苦しそうにむせる。
俺が最後に見たものは、胃袋の位置にある、真っ黒な闇だった。