第58話
アナベルのおかげで書類仕事の負担が減ったので、新たに『火薬』の生産に取り掛かる。
作るのは『ニトロセルロース』。植物素材のセルロースをニトロ化させた物質で、言うまでも無く危険物。
材料は硫酸と硝酸の混合物と繊維素材から取り出したセルロース。
硝酸は手に入れるのにかなり苦労したが、鉄鉱石と空気中の窒素、水を分解して取り出した水素で無理やり魔法でアンモニアを生成し、そこから硝酸を抽出。
一言で言えばハーバーボッシュ法を魔法で再現した。
触媒からアンモニアを500グラム作るだけで、MPの7割持って行かれたのは想定外だったが、回復を挟みつつアンモニアから硝酸を取り出し、硫酸は錬金術師達が扱ってる硫黄を二酸化硫黄に錬成してもらい、そこから水と反応させて硫酸を作る。
完成した硫酸と硝酸とセルロースをスキルで合成すれば植物性素材で作った爆発物の原材料、ニトロセルロースが完成。
当然、このままだと私の家がふとした拍子に吹っ飛ぶので、安定化触媒と合成した後に専用の容器に入れて保管する。
コレを作った理由は防衛のために銃を試作するためだ。
噂では今年の冬に貴族側と王族側で戦争が始まる。
その影響で治安が悪化し、略奪者が来ることは分かりきった事なので、先んじて強力な火器銃器の開発は必要と判断した。
ニトロセルロースを材料に火薬を作り、薬莢とか雷管は誰も造れないので前詰め装填で妥協。
複数の鍛冶師や細工師に依頼したパーツを組み立てて、火縄銃モドキが完成。
銃その物の制作を依頼しなかった理由は、銃の存在を隠すため。
複数の職人にパーツだけを注文すれば、完成品が分からないから何を作ろうとしているのかをある程度は隠せる。
拠点の林の奥で完成した銃をマーシャさんに試し撃ちしてもらう。
ターゲットは十分に育ったバロメッツ。最初に召喚したヤツだ。
「メ、メェェ・・・」
「アレを狙えばいいのね?」
「ズドンとやってください」
銃を革ベルトで台に固定し、火薬と弾丸を装填。
引き金に紐を結び付け、セット完了。
この世界では初の銃による発砲。何が起こるか分からないので威力に耐えきれずに銃が吹っ飛んでも大丈夫なように、紐を使って遠隔操作で射撃する。
「じゃ、やるわよ」
「メェェ!?」
「3・2・1」
ゼロの言葉と同時に、マーシャさんが紐を引いて発砲。
乾いた破裂音が響き・・・
「メ、メェェエ・・・」
「アレ!?」
「おっかしいわね・・・」
バロメッツが生きてた。
弾丸は命中しているが、バロメッツが纏う羊毛が銃弾をクッションのように受け止めている。
「なんで!?銃の威力は羊毛じゃ防げるはずないのに!」
「そういえばバロメッツは≪ウールアーマー≫とか言う防御スキル使えたわね。防御スキルでガードしたとか?」
「いや、≪ウールアーマー≫とか下位も下位の防御スキルですよ!?トータルレベル10あれば貫通できる程度の!」
ダメージは・・・たったの2割しか削れてない!?
防御スキルを発動させていたのは間違いないが、銃の威力に耐えられるってどういうこと!?
ニトロセルロースの破壊力は黒色火薬より高性能なはず、耐えられるなんて不自然すぎる・・・!
「多分だけど、クラスとスキルの影響かもね」
「どういうことですか?」
「こっちの世界じゃ物理法則よりスキルとか魔法の影響が優先されるって事かも。
銃の威力は多分、元の世界と変わらないと思うわ。
ただ、『魔法やスキルが乗っていない物理現象ではスキルや魔法の護りは貫通できない』って事かも」
んな無茶苦茶な・・・
「つまり、銃に対応するスキルが無いと銃をいくら撃ち込もうと意味ないって事ですか・・・?」
「多分、与えられるダメージはそうなるわね。
スキルとか魔法を発動させない奇襲攻撃なら、銃の威力そのままのダメージだろうけど、このままでは使えないわね。
スキルか魔法を発動させなきゃ防御系の自動発動スキルも抜けないんじゃないかしら?」
「銃に対応するスキルって・・・マーシャさんあります?」
「弓使い系クラスは全部ダメね。装備はできるけど、スキルが反応してないわ」
えぇー・・・銃あったら最強!って思ってたのに・・・
「あと、火薬のおかげで射程も火縄銃よりは長いけど、今の発砲で微妙に銃身が曲がってるわ。コレはもう使えないわね」
「えぇー!?製作費、高かったのに・・・!」
「銃は諦めて、火薬は爆弾にするしかないわね」
結果、銃は生産中止。ニトロセルロースは使い道があるのでゆっくり量産するが、銃武装計画は白紙となった。
「まぁ銃って工業力無いと意味無いし、時期尚早ってヤツよ」
「確かに・・・コレ全部手作りですから、コスパ悪いですね」
ニトロセルロースの生産自体は成功したが、ニトロはコスト高いので少量生産に抑えて新しい商売を考える。
費用コストを抑えつつ、商売になりそうなもの・・・
「リキュールかな」
薬学系スキルなら適当な酒から蒸留酒くらい簡単に作れる。
っていうかアルコールそのものを召喚する魔法も有るので、リキュール程度は簡単に量産できる。
「≪酩酊の飛沫≫」
まずはアルコールを召喚して浴びせる魔法で酒を入手。
アルコール度数は・・・93%か。
高濃度アルコールなのでこのまま燃料にもできそうだが、コレをベリーや果物、薬草に漬け込んで数か月放置すればリキュールは完成。
「勝手に飲んじゃダメですよー?」
「ちぇー・・・。味見する時は呼んでよ?絶対」
一応、マーシャさんには釘を刺しておく。
ちゃんと試飲会はするから、何なら欲しいフレーバーとか有れば注文も受けると言ったら、自警団を率いて森へ薬草狩りに出て行った。
・・・まぁ訓練になるから良いか。
≪酩酊の飛沫≫
種別:弱体化魔法/薬学の魔女専用
制限:Lv2以上
属性:水/弱体化
射程:0~10m
形状:射撃
高濃度アルコールを敵に浴びせかけて酔っぱらわせる魔法。
通常の生物であれば、浴びせられた対象は『酩酊』の状態異常を引き起こす。
酩酊状態になると攻撃力が上がる代わりに攻撃速度やスキル成功率が大幅に下がる。
あと、高濃度アルコールを浴びせているので、火属性攻撃で追撃すれば『炎上』の状態異常に繋げられる




