第3話
【ゲイリーウッズ村長 ドゥッチ視点】
今朝方、丘の向こうからゴブリンの群れがオーガ2体と共に村にやって来た事を知らされ、男達に迎撃を依頼した。
ゴブリン共の襲撃は以前からあったが、今年に入ってからはさらに頻繁になっている。
最初は2~3体程度で村の男達だけですぐに追い払うことができた。
だが時が経つにつれて4体5体と増え、今日はオーガまで連れて来た。
度重なるゴブリンの襲撃で村の畑は荒らされ、畑の作物の被害の補填で冒険者に依頼するような金など無い。
男達もケガや病気で倒れ、戦えるような男はもう8人程度。
もうこの村はお終いかもしれない。
そう思っていたが、迎撃に出た木こりのカークが戻って来たのだ。
突然、空から魔女が現れ、報酬と引き換えにゴブリンとオーガを倒したという。
カークに紹介された魔女は、あまりに若い。
年は20も超えていないであろう娘。
緑に金糸の刺繍が施された見事なローブ、青く長い髪は編まれて整えられ、魔女と印象付ける先の曲がった帽子。
魔女エリシアは研究のためにやって来たと言いアレコレ聞いて来たが、それらは全て些細な事ばかり。
金貨を見せられた時は驚いた。貴族との取引でも基本は銀貨や大銀貨。
金貨は大貴族とも呼べるほど裕福な人間しか持つ事が許されない。
過去に金貨に触れる経験があったからこそ、私は彼女の持っている金貨の価値も分かる。
あの限りなく純金に近い金貨はイデアで流通する金貨よりさらに混ぜ物が少なく、大きく、形も整っていた。
金貨を持ち歩けるほどの高貴な身分なのだろう。
ならばあの服装も納得だ。 あの見事なローブに魔法の腕前。
質問を終えた魔女は、この村に住むと言った。
研究のための拠点が欲しいと。
それは私、いや村全体にとって福音とも言える要求だった。
カークの話が本当ならば、魔女はオーガを容易く葬るだけの魔法を行使できると。
それだけの力を持ってこの村に加わってくれるのは心強い。
むしろ私が頭を下げ、金を積んで説得する必要もあるだけの圧倒的な武力。
要求は完成までの滞在場所と食事。広く頑丈な工房を兼ねた石造りの家と畑、それと使用人か。
なんと謙虚な人物だろうか。
金だけ受け取って、私が紹介したパ・ブシカまで移動するだろうと考えていたが、彼女がこの地に住むのは心強い。
さてさて、魔女殿の希望に応えられる土地は・・・あぁ、西側の林を切り開いて整地してしまおう。
あそこはまだ農地を広げておらず、土地が余っている。
畑も欲しいと言っていたし、用水路を見直してあの場所にも水を届かせて・・・。
◆
【エリシア 視点】
カークに連れられ、村の酒場に到着。
酒場は木造2階建て。 2階から看板のような物が吊るされている。
〈ミミズクの古巣亭〉
「この酒場は集会所も兼ねてる。 夜は騒がしくなるが、いい店だ」
カークはそう言うので、とりあえず、信頼してみる。
もしヤバい所だったら村長から金をぶんどって逃げよう。
ミミズクの古巣亭に入ると、中はそれなりに綺麗。
木製の長テーブルと背もたれの無い木製の長椅子。
簡素な内装だが、まぁ趣があって良いと思う。
「いらっしゃい! ミミズクの古巣亭にようこそ!」
カウンター席の向こう側から、赤毛が特徴の中年女性が顔を出す。
「ロットナー夫人、この酒場の女将だ。
夫人、彼女はエリシア。村を守ってくれたヒーローだ」
カークが簡単に夫人を紹介してくれたが、ヒーローとまで呼ぶかな・・・。
「オーガが出たって聞いたけど、この子が?」
「あぁ!魔法であっという間にゴブリン共と一緒に全部やっつけたんだ」
あまり持ち上げられると恥ずかしいが。
「それで、彼女の家ができるまで2階に泊めてやってほしい。
もちろん、宿代は村長が払う」
「村の英雄が泊まるなんて光栄だよ。 2階の突き当りの部屋で良いかい? 鍵をかけられるし、ベッドも部屋も一番大きい部屋だよ」
「それでお願いします」
夫人から鍵を受け取る・・・と。
「旦那はゴブリンと戦って腕をケガしてね。アンタが仇を討ってくれて助かるよ」
そう言って鍵を持った私の手を握った。
「・・・もし、お金に余裕があれば治療しましょうか?」
「治療? 腕を治すって?」
「私は治癒魔法も少しだけ使えるので」
この世界の治癒魔法がどの程度なのかも知りたい所だ。
ゲームだとHPが回復するだけだが、この世界の怪我にも有効なんだろうか試さないと。
あとついでに小遣い稼ぎだ。 お金大事。
「・・・ウチに出せるのはこれくらいしか無いけど」
そう言って女将さんが出したのは硬貨の入った袋。
中を調べると銅貨と大銅貨が多数。それに交じって銀貨が数枚見えた。
・・・一応実験だし、取りすぎると恨まれそうだな。
「では成功報酬で銀貨2枚貰います」
「それで旦那が治るなら喜んで出すよ」
夫人は店の奥、ロットナー夫妻が住むプライベートエリアに私を案内した。
奥ではベッドで横になっている中年の男性。
「怪我と・・・熱が下がらなくて」
「では少し診てみます≪対象分析≫」
分析系魔法をかけて診察。私はリアル医者ではないので魔法を全活用だ。
分析結果によると右腕に深い裂傷と・・・傷から感染症に罹っている。
まだ軽度だが、放置すると死に繋がりかねない。
「≪病毒治癒≫からの≪中位傷病治癒≫」
薬学の魔女は治癒系魔法も習得できる。森司祭や僧侶のような大回復魔法までは使えないが、彼のレベルだと下位傷病治癒でも全回復できる。
中位を選択したのは念のためだ。
効果は劇的だった。
病毒治癒で熱が下がったのか顔の赤みが無くなり、中位傷病治癒で痛みも消えたのか寝顔が穏やかになった。
対象分析でも異常が無いと判定されている。
「治療完了しました。念のため、彼が起きたらコレを飲ませて安静にしてください」
出したのはインベントリに入れてあった生命力増強の魔法薬。
飲めば一時的に生命力ステータスが向上し、毒と病に耐性を得る。
病毒治療で治るのが一時的な可能性もあるので、念のためだ。
3スタック有るし、1本程度渡しても問題は無い。
約束の銀貨2枚を受け取り、部屋に入る。
やや薄暗く、天井が低いがなかなかいい部屋だ。
ベッドに倒れ込むと、疲れがどっと出たのか眠くなってきた。
本当に・・・すごく・・・リアルな ゆ・・・め・・・。
≪対象分析≫
種別:情報魔法/共通
制限:Lv1以上
属性:魔法/看破
射程:0~10m
形状:視界
目視した対象を分析する汎用情報魔法。
エルドラド・クロニクルではチュートリアルで習得できる魔法で、対象の簡単な情報を獲得できるが、弱点や隠されたギミックやオブジェクト、専門的な情報は秘匿される。
基本的に簡単に対象の状態を確認したり、アイテム名等を調べる程度にしか役に立たない。