ネクロマンサーな悪役令嬢ですが、ヒロインを殺っちまった!
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転生したら悪役令嬢だった!
というのは、よくある話であるので簡単に説明。
私ことルナ・グリーンフィールドは王国侯爵令嬢である。王子チャールズにうざがられているのに、言い寄っているどうしようもない女だ。
それに加えて私が悪役令嬢なのは禁忌の死霊術に手を染めている極悪人だからだ!
このままではチャールズにはこっぴどく振られ、死霊術師ということで火あぶりにされてしまう。将来は完全破滅とノーフューチャーな未来が待っているのである!
というわけで、私は今日から改めます。
人に優しい善良令嬢になるのです。死霊術なんてもう捨てます。ポイです。
そして、この乙女ゲーのヒロインと仲良くして甘い汁を吸わせてもらうのです!
「デイジーさん!」
早速、私は図書館で本を抱えて歩いていたヒロインに声をかける。
「は、はい!」
デイジー・ゴールウェイはヒロインだ。子爵家の生まれだが、王子とゴールインする予定の友達にしておきたい人物ナンバー・ワンに入る人間である。
まあ、少し前までは私がこの子をいじめてたのですが。
「デイジーさん。これまでのことは謝罪させてください。私が悪かったです」
「あ、頭を上げてください、ルナ様! そんな必要はありませんよ!」
「いえ。どうしても謝らせてください。私はとても悪い人間でした」
ペコペコと私が頭を下げるのに、本を抱えているデイジーさんはあわあわしている。
「これからは仲良くさせてください! ぜひ!」
「こちらこそ、ルナ様。よろしくお願いしますね」
ああ。こうして私は一気に問題を解決したのだった。
「その本、お持ちしますよ」
「いえいえ! そんなことは!」
「いいですから。それぐらいやらせてください」
「し、しかし……」
私がデイジーさんの抱えている重そうな本を受け取ろうと手を伸ばした時──間違って私はデイジーさんの肩を押してしまった。
「あ──」
そのままデイジーさんは階段から転落。鈍い音を立てて1階まで落ちた。
「デ、デ、デ、デイジーさん!?」
私が慌てて階段を駆け下りるが、デイジーさんの首はあらぬ方向に曲がっている。
「……オーマイガッ……」
デイジーさんは死んでしまった。
……ど、ど、ど、どうするの、これ!?
悪役令嬢から脱却して破滅回避どころか、今殺人罪を背負うことになったのですけど!
「どうすれば、どうすれば、どうすれば……!?」
私の頭の中が高速回転し、そして!
「し、死霊術を使おう!」
さっき捨てると決断したばかりの死霊術を私は使うことになってしまった。朝令暮改もここに極まりである。
私は他に誰もいないことを確認すると呪文を詠唱して、デイジーさんに再び魂を宿らせる。デイジーさんの血が吸いこまれるように体の中に戻り、傷が癒え、目が開くと光のない虚ろな瞳が私を見つめた。
「あー……」
そして、口からよだれを流しながらデイジーさんが起き上がった。
「デ、デイジーさん? 私のことは分かりますか?」
「ルナ……様……?」
「そう! そうです! このまま日常生活が送れれば、大丈夫ですね!」
「腹、減った……」
「分かりました。食堂に行きましょう!」
私は一安心。
──したところに、厄介な人間がやってきた。
「ルナ嬢! デイジー嬢に何をしているのだ!」
王子チャールズである。
「こ、これはチャールズ殿下。何もしてませんよ、本当に!」
私はさっとデイジーさんを隠すような位置に就きそういう。
「本当か? デイジー嬢、ルナ嬢に何かされなかったか?」
チャールズは本当にデイジーさんが好きみたいで、ゾンビみたいに虚ろな目でふらふらしているデイジーさんに恐れることなく近づいていき──。
「がぶうっ」
「あいたたたたっ!」
デイジーさんに思いっきり頭を噛まれた!
「デイジーさん! ステイ、ステイ!」
私は必死になってデイジーさんをチャールズから引きはがす。チャールズは頭から血を流して目を見開いている。
「ど、どうしたんだ、デイジー嬢!? まさか──!」
や、やばいぞ! 死霊術を使ったことがばれてしまう!
「私の愛を試しているのか!?」
あ。こいつ、アホだ。
「そ、そうみたいですね、殿下! では、私とデイジー嬢は用事がありますので!」
ここからどうにかしてデイジーさんが死体になっていることに気づかれないようにしなければいけないのだが……。
「あら。デイジー嬢、ごきげんよう」
「がぶうっ」
「ぎゃー!」
挨拶をして通り過ぎようとした同級生に噛みつくデイジーさん。
「にゃーん」
「がぶうっ」
「フシャーッ!」
近くに寄ってきた猫に噛みつくデイジーさん。
「デイジー嬢! あなた子爵家風情のくせにチャールズ殿下になれなれしいわよ!」
「がぶうっ」
「きゃー! だ、誰か助けて!」
文句を言う私の元取り巻きに噛みつくデイジーさん。
「デイジーさん! やめて! それは食べ物じゃないの!」
私はデイジーさんが何かに噛みつくたびに引きはがし、キャンディーやジャーキーを与えて落ち着かせるはめに。
「あー……」
虚ろな目でジャーキーをがぶがぶするデイジーさんを見ながら私は考える。
……これ、どうすればいいんだ?
このまま放置していたら死人が出かねない。いや、死人は既に出ているか。
このまま一生こうしうて私が面倒みるわけにもいかないし、どうしたものか……。
「あー……ルナ様……」
「どうしました、デイジーさん?」
「お肉、食べたい……」
「ジャーキーを食べたばかりではないですか!」
「ステーキが、いい……。霜降り肉のミディアムレア……」
「こんな時間にそんな重たいものを? 我慢した方が……」
「がぶうっ」
「あいたたたたた! 分かりました、分かりましたよ! ステーキですね!」
あなた、本当は食いしん坊だったですか、デイジーさん? と思いながらも私は食堂で特別にステーキを焼いてもらってデイジーさんに食べさせることに。
しかし、このままでは本当に危ない。私の財布も危ない!
「デイジー嬢!」
と、ここでチャールズが出現。
「ルナ嬢! こんな時間にデイジー嬢にステーキを食べさせるとはいじめだね!」
「ち、違いますよ! 彼女が食べたいって言ったんですよ!」
「何を白々しい! 嘘だろう、デイジー嬢?」
デイジー嬢はチャールズを無視してステーキを貪るように食べている。
「デイジー嬢……? 無理に食べさせられているのだろう?」
「もぐもぐ」
「ほ、ほら。もっと軽いサンドイッチなんかはどうかな?」
「もぐもぐ」
「ええい。食べるのを止めたまえ! 太るよ!」
「がぶうっ」
「あいたたたたたたたっ!」
チャールズがまた頭を噛まれた。
「そ、そうか! 私を試しているのだね、デイジー嬢! 私の愛が本当なのかを!」
「がぶがぶ」
「であるならば、いくらでも君に噛まれよう!」
デイジーさんに噛みつかれたままチャールズは誇らしげにそう宣言した。
それから学園ではデイジーさんに噛みつかれたまま、噛み跡だらけで笑顔で歩くチャールズの姿が目撃されている。
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