第9話 忘れ物
俺は、困惑していた。俺の殺意が伝わったからなのか、シャルーサの心の底から湧き出した感情なのか、あの優しいシャルーサが他人に明確な殺意を向けていた。俺は、自分を恥じることしかできなかった。肝心な時に何もできない、ここぞという時にこそ人間の真価が問われるのに、俺は何もできずに観ていることしかできないのだ。
これでは、シャルーサが本当に魔女になってしまう。町の連中も強烈な殺意を浴びた魔力に気付いたようで、恐れ慄きながらゆっくりと四方を囲むようにして近づいてきた。
本当に殺す気なのかと、この時初めて妹に恐怖を感じた。
少しの静寂を破るようにシャルーサが素早く詠唱を唱え始めた。
シャルーサ「暗炎ノ、、」
その時、全て唱えきられる前に男達は、一斉に駆け出した剣を持つもの達は、斬りかかろうとした。俺は、このピンチに手に汗を握っていた。すると、俺の空間に語りかけてくる初老の男性のような声がしてきた。その声は、俺にというより俺とシャルーサの精神に語りかけているようだった。すると俺の思考の中にイメージが湧いてきた、恐らく声の主の姿だろう。牛のような姿をしていて、身体中に岩や苔をまとっている。だが何というか神秘的なオーラを纏っていた。その声の主は、自らを聖獣と言った。
聖獣「思い上がるな、穢れた獣め」
俺は、妹の今の状況を皮肉っているのか、それとも町の連中のことを言っているのか分からなかった。困惑しているのを察したのか、「あなたに言ったのでは、ない。お逃げくだされ」と言われた。正直意味が分からないが、助けてくれるならその言葉を信じるしかない。これしか今の状況を変える術がないからだ。
男達が剣を振り終えようとした瞬間、あたりは神々しい光に包まれた。そして土の中を踊るように木の根が地面の外に這い上がり男達を吹っ飛ばしたのだ。その瞬間、シャルーサの気が緩んだのだろう、俺は瞬間的にシャルーサから体の主導権を奪い取り駆け出した。一心不乱に走りだした。俺は、この子を守ると言う強い意志を持って走った。
途中残党どもが、火の玉やら投げナイフやら色々と飛んできたが当たらないと信じてひたすらに走った。森を抜け平原にでた。平原は、まずいすぐに見つかってしまう。
俺は、走りながら辺りを見渡した、何も見つからないのでさらに根気をあげて走り続けた。すると岩肌に洞窟が見えた。しめた!俺は、超レアカードを引き当てたガキかのごとく飛ぶようにして洞窟に入った。がいいが、暗闇で何も見えない、俺はまだ魔法に関しては、かっこいいや強そうと言った魔法の詠唱しか覚えていないので照らす方法の検討がつかないのだ。
すると、シャルーサが俺を睨みつけながら呟いた。
シャルーサ「もういい、大丈夫だから変わって」
その目は、鋭く怒っているようにも見えた。
俺は、承諾して体を変わることにした。あの森へ戻ると言いそうだが、シャルーサを信じない事には、彼女を守る事などできない。彼女も理解しているはずだ、あの数には、勝てないと言う事を。
体が変わった瞬間俺は、固まってしまった。鈍い音をたてて視界が揺らいだ。俺は、思わず叫んでしまった。
ホロル「何してるんだ!?」
自分の手によって微かに赤くなったほっぺをさすりながら、シャルーサは、答えた。
シャルーサ「自分にお仕置きをしたの」
人を殺そうとしてしまった罪悪感からだろうかと俺は、考えた。シャルーサは、俺の思考を読み取り、続けてこう言ったのだ。
シャルーサ「それもそうだけど、、逃げれる状況なのに逃げなかった、、感情を抑えきれずに、、私の命は、私の物だけじゃないのに命を危険に晒したの、それが許せなかった」
俺は、あるはずのない涙を流しているような感覚だった。
シャルーサは、居候なような俺のことを自分と同じくらい大切にしてくれていたのだ。まるで家族のように。
シャルーサは、本当に優しい子だ、あの状況下で勝手に変わられたことに対して怒るのではなく、自分の過ちに気づき、それを正そうとしたのだ。
朝日が洞窟の中を照らす。結局あの後、疲れに身を任せて暗闇の洞窟で夜を明かした。
あの町での惨劇から今日に至るまでシャルーサの成長を感じずには、いられなかった。
それに一番嬉しかったのは、シャルーサのあの言葉だ、「自分の命は、自分の物だけじゃない」だ。前世の俺もそう思えたなら、自分の命は、支えてくれているみんなあってこその物だ、当たり前の事なのだが、忘れがちな大切な事を改めて気づかせてくれたのは、シャルーサだった。
俺もシャルーサを守るためだけじゃなく、彼女がそう思ってくれているように自分の事も今度こそ守って見ようと思う。