“七つの大罪”な令嬢たちに婚約破棄してみました
「アナベル・ライド! お前との婚約を破棄する! お前の傲慢さにはもううんざりなんだ!」
夜会にて、伯爵家の令息ハワード・クレイムが、こう言い放った。
波打つ黒髪に、男性的ともいえる凛々しい美貌を持つ男爵令嬢アナベルは、こう返す。
「ならぬ」
「……へ?」
「婚約破棄など認めぬ」
堂々と言い返され、ハワードは気後れしてしまう。
ハワードとて黒みのある金髪を真ん中で分け、男前といえる風貌なのだが、アナベルに比べるとどうしても威厳という面で劣ってしまう。
だが、婚約破棄の正当性を訴えるべく、なるべく勇ましい顔つきを作り契約書を突き出す。
「し、しかし、婚約を誓った時の契約書には、“一定の交際期間内であれば、一方的な婚約破棄も可”と書いてあり、まだその期間内……」
「知るか、そんなもの!」
「ひっ!」
アナベルの迫力に圧倒されるハワード。
その隙に、アナベルは契約書を奪い取り、破り捨ててしまった。
「契約書を破るなんて……。お前は法律を無視する気か!?」
「法律? 下らん。そんなもの私の前には塵芥も同然!」
「えええええ!?」
「この世に“法”なるものがあるとすれば、それは私のことだ! 私の言うことは全て正しいし、私の行うことも全て正しい!」
「んな無茶な……」
「無茶ではない。それが摂理というものだ!」
「だったらもう自分で国を作れよ……」
ハワードが呆れながらこぼした一言だったが、アナベルはこれに目を輝かせる。
「おおっ、その手があったか!」
「へ?」
「貴様は大した取り柄もないボンクラ子息だと思っていたが、いいアイディアを思いつくではないか! よかろう、褒美に先ほどの婚約破棄、認めてやろう! 光栄に思うがよい!」
「あ、ありがとうございます……」
ハワードはつい敬語になってしまう。
「私は自分の国家を作るのだぁぁぁぁぁ!!!」
この後、アナベルは国王に「ライド家領地を独立国として認めろ」と直訴。
国王も迫力に押され、ついつい独立を認めてしまう。
以後、アナベルはこの独立国家の女王として君臨することとなる。誰も文句は言えなかった。
これを聞いたハワードは彼女に対して尊敬の念すら抱いた。
「傲慢さもここまでいくとすげーわ……」
***
「フランシア・クリート! お前の強欲ぶりには呆れ果てた! よって、婚約破棄させてもらう!」
ある日の夜会で、ハワードは子爵令嬢フランシアにこう告げた。
「なんですって!?」
明るく長い金髪を持つフランシアは愕然とする。
彼女の着ているドレスは至るところに宝石が散りばめられていた。
というか、散りばめられすぎて、ドレスというより“宝石の塊”のような状態になっていた。
彼女の姿を夜道で見たら“宝石の化け物”が現れたと思ってしまうかもしれない。
「私はあんたと結婚して、巨万の富を得て、さらに宝石をゲットするつもりだったの! そんなの認めないわ!」
「いや、もう十分だろ……」
「嫌よ! 私はもっともっと欲しいの、宝石が! この世の全ての宝石を手に入れてみせ……」
言い終わる前に、フランシアはその場に倒れ込んでしまった
宝石の重さが仇となり、立っていられなくなったのだ。
「潰れるぅ……」
「お、おい! 大丈夫か!?」
ハワードとて貴族のはしくれ。危機に陥ったレディは救うものだと教育を受けている。
宝石をどけて、すぐさまフランシアを救出する。
しかし、フランシアは感謝するどころか――
「私の宝石に触らないで! 全部私のものなんだから! 私のものよ、私のものよ!」
ハワードはその様子を見て、肩をすくめた。
「付き合ってられんわ」
***
「ミロネ・ラーズ! 婚約破棄させてもらう! お前の憤怒にはもう懲り懲りだ!」
夜会の場でハワードが婚約破棄を宣言する。
男爵令嬢ミロネは鮮やかな赤髪の美しい娘であったが、みるみるうちにその顔までも真紅に染まる。
「婚約破棄だとぉ!?」
ほら怒った。
ハワードは何発かは殴られるだろうな、と覚悟を決め、歯を食いしばる。
「婚約破棄ってどういう意味だぁぁぁぁぁ!?」
「そういう怒り!?」
ハワードが説明しようとするが、ミロネは話を全く聞いていない。
「なぜ私はこんな言葉の意味も分からないんだぁぁぁぁぁ!?」
怒り続けるミロネ。
「私はなんて阿呆なんだぁぁぁぁぁ!?」
とうとう怒りの矛先を自分に向け始めた。
「お、落ち着けよ……」
ハワードがこう言っても、焼け石――どころか太陽に水である。
ミロネの怒気はますます膨らんでいく。
「なぜ私はこんな大地に産み落とされたのだぁぁぁぁぁ!!?」
「空はなぜあんなにも高いのだぁぁぁぁぁ!!?」
「この宇宙の広さは一体どれぐらいなのだぁぁぁぁぁ!!?」
怒りの対象もどんどん膨らんでいく。答えが出るはずもないので、そのことがさらに油を注いでしまう。
ハワードは青ざめた表情でそれを見つめるしかない。
ふと、ここでハワードとミロネの目が合った。
「……」
ミロネの顔が婚約破棄される前の状態に戻る。ハワードを見て、怒りが収まったのだろうか。
これで無事夜会を終えられそうだとハワードも安堵するが――
「お前は誰だぁぁぁぁぁ!!?」
ミロネ怒りの鉄拳がハワードの顔面にめり込んだ。
「ぶげえっ! やっぱり殴られるのか……」
***
「リーナ・エヴィン! お前の嫉妬深さにはもう辛抱ならん! 婚約破棄させてもらう!」
リーナは色白な肌を持ち、髪の色は銀髪の麗しい子爵令嬢である。
しかし、夜会の場にてハワードからの婚約破棄宣言を聞いた途端、その美貌が般若のような形相となる。
「私のどこが嫉妬深いのよ!?」
「ひっ!」
「分かったわ……あなた、他に好きな女ができたのね? そうなんでしょ!? 許せない!」
「嫉妬深さもそうだけど、この思い込みも半端じゃないな……」
ハワードが呆れていると、リーナはドレスの胸の部分から包丁を取り出す。
「包丁!? てか、どこに隠してんだよ!」
「うっさい! あんたを殺して、私からあんたを奪った泥棒猫も殺してやるわ!」
「俺は浮気なんてしてないんだよ。ひとまず冷静に……」
ハワードの言葉など耳に入らず、リーナは襲い掛かってきた。
「きえええええええっ!!!」
包丁を振り回し、包丁で突き、包丁を両手で握って振り下ろす。
いずれの攻撃も予備動作が少なく、しかも速い。
貴族として武芸の稽古を一通りたしなんでいるハワードも、避けるのが精一杯だ。
あっという間に壁際に追い詰められてしまう。
「しまった!」
「もう逃げ場はないわよぉぉぉぉぉ!!! きええええええええっ!!!」
リーナが包丁を握って、猛突進を仕掛ける。
――その時だった。
「ちょっと待った!」
一人の青年が叫び、リーナを止めた。
黒髪で、ハワードとはまた違うタイプの美男子であった。
「……なによ、あんた?」とリーナ。
「私は王国騎士のリュウザという者」
「騎士が私になんの用よ?」
「今の包丁捌き、実に素晴らしかった。君はダイヤモンドの原石だ。騎士団に入り鍛錬を積めば、必ずやいい騎士になれる!」
リュウザに包丁を持った両手を握り締められ、リーナは頬を赤くする。
「私を騎士にして下さいませ!」
こうしてリュウザに連れられ、リーナは会場を後にする。
「た、助かった……」
ハワードはその場にへたり込んだ。
この後しばらくして、短剣を「きええええええ!」と振りかざす女騎士が、国中に武名を轟かせることとなる。
***
「ジル・ストラ! 色欲にまみれたお前との婚約を破棄してやる!」
ある晩の夜会での出来事だった。ハワードが大声で告げる。
ジルは男爵家の令嬢。黒髪を後ろで束ね、脚の部分にスリットの入った赤いドレスを着用した色気のある女性である。
長身で、腰は細く、胸は大きく、婚約破棄したばかりだというのに、ハワードもその体を見て思わず生唾を飲み込む。
ジルはなまめかしい声で、ねっとりとハワードに言う。
「あら坊や、婚約破棄だなんて残念だわ。私のどのあたりが色欲にまみれてるっていうのかしら?」
言葉の一つ一つに妖艶な色気が宿っており、ハワードは坊や扱いされていることに反論する気も起こらない。
しかし、どうにか指を突きつける。
「そのあたりだよ!」
ジルは“あるもの”に腰かけていた。
それは、椅子ではなく、四つん這いになった男であった。
彼女が自らの美貌で僕にした男である。
「男をそんな扱いしやがって……。他にもお前の手となり足となる男は大勢いるっていうし、そんな女と結婚なんかできるか!」
「あら残念ね……。ハワード坊やにも色々と手取り足取り教えてあげたかったのに。そうしたら、きっと私から離れられなくなるわ」
ジルは凄まじい色香を放つ。
ハワードは誘惑に負けて「教えて下さい!」とひれ伏したくなるが、貴族としてのプライドでかろうじてこらえる。
「そうやって長年に渡って社交界で男を惑わせてきたんだろうが、俺には通用しないぞ!」
「長年? あら、私はつい最近デビュタントを迎えたばかりよ?」
「ふうん。社交界に出てくるのは意外に遅かったのか」
「いいえ? そんなことはないと思うけど」
話が噛み合わないので、ハワードはおそるおそる尋ねる。
「失礼だが、ジル……。お前、年はいくつだ?」
「15よ」
「俺より三つも年下だったの!?」
***
「レティア・ラトーニ! お前みたいな暴食な令嬢と婚約することはできん! 婚約破棄させてもらう!」
ハワードの宣言が、夜会会場に響き渡る。
相手の子爵家の令嬢レティアはというと――食べていた。
夜会のテーブルに用意されている食べ物を全て食べ尽くさんばかりの勢いで、パンを、肉を、魚を、野菜を、果物を、食べまくる。ついでに酒やジュースも飲みまくる。
ハワードは苛立ちをあらわにする。
「話聞けよ!」
レティアが振り向く。
明るめの茶髪のボブカットで、くりっとした瞳を持つ彼女は、いわゆる“痩せの大食い”である。
西瓜ほどの大きさのパンを丸呑みすると、ようやく返事をする。
「別にかまいませんよ」
あっさりと承諾したので、ハワードは呆気に取られる。
「婚約を破棄されたというのに……ずいぶん余裕なんだな」
「ええ。ただし、それ相応のものは支払って頂きますが」
一方的な婚約破棄にはペナルティが伴う。こういう話が出るのは、ハワードも覚悟していた。
「まあ、いいだろう。何を払えばいい?」
「今後の私の食費を賄って下されば、それでかまいません」
「すみません! どうかそれだけは勘弁して下さい!」
ハワードは頭を床に擦りつける勢いで土下座した。
***
「マリッタ・ロース! 怠惰にも程があるお前との婚約を――」
ハワードは夜会で婚約破棄しようとしたが、その相手がいない。
「……マリッタ? マリッタさん? マリッタさーん? もしもーし?」
いくら呼びかけても、子爵家の令嬢マリッタはどこにもいない。
代わりに、マリッタの従者を務める中年男が会場にいたので、その男に尋ねる。
「君、マリッタ・ロースはどこに?」
「家で寝てます」
「あ、そう……」
呆然と立ち尽くすハワード。
マリッタってどんな姿だったっけ。そういえば一度も会ったことなかったわ、と思い返す。
きっと彼女は今も昔も、ずっと自宅で惰眠を貪っているのだろう。
凄い令嬢がいたもんだと、ハワードの顔には笑みすらこみ上げてくる。
そして、大変な仕事をやり終えたかのように背伸びをすると、こうつぶやいた。
「俺も帰って寝よう……」
完
お読み下さいましてありがとうございました。