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短編

可愛げのない話

作者: 宙色紅葉

 満たされたお腹を落ち着かせるのも兼ねて、和やかにショッピングセンターを歩いた。


 右手は、大好きな彼の温かい手を握っている。


「ごはん、ありがとう。でも、大丈夫だったの? 今月キツイって、言ってなかったっけ?」


 レストランで食べた高級な食事を思い出し、つい、人の財布事情を探るという不躾な真似をしてしまった。


 心配しすぎる心が伝わってしまわないように、少し冗談めかして明るく微笑む。


 すると、彼はニッと笑った。


「大丈夫だよ。俺だって多少の解消はあるし、普段、君は割り勘にしてくれるだろう? 偶には奢らせてくれよ。そうだ、アクセサリーだって買って上げられるんだ。来てくれ、君が好みそうなお店を見つけたんだよ」


 彼は大きな手のひらにぐっと力を込めて、雑貨屋まで案内した。


 ショッピングセンターの中にある小さな雑貨屋は、木を基調とした温かな雰囲気で、確かに私の好みに合っていた。


 彼に誘われて、店の一角にあるアクセサリー売り場を見てみる。


 シンプルなデザインや手作り風のものが多く、確かに可愛らしいものが多い。


 しかし、あまり値段は可愛らしくなかった。


『すぐに値段に目が良く私も、どうかしているのだろうけれど』


 きっと、可愛い女性は値段など気にせず、自分の欲しいものを強請るのだろう。


 無邪気に「ありがとう」と喜んで、胸を張る恋人に素直に甘えるのだろう。


「俺は、コレとかが似合うんじゃないかと思うよ。あ、勿論、君が気に入ったものを選んでいいんだけれどね」


 照れて頭を掻く彼が選んだのは、銀に小さな装飾の城が可愛らしい指輪やイヤリングだった。


 デザインを確認すると同時に、癖のように値段へ一瞥をくれる。


『私も可愛いと思うけど、やっぱり値段は、あんまし可愛くない。似たようなデザインでもう少し安いものもあるけど、あからさますぎるよね。大体、彼が選んだものをそのまま買ってもらうってどうなんだ? 主体性が死んでしまっているのではないか? いや、でも、似合うと思って選んでくれたんだよね。どうせなら可愛いと思われたいな』


 眉間に皺を寄せて真剣に悩み続ける。


 ふと、穏やかな表情を浮かべた彼と目が合った。


「随分と迷ってるね。何か気に入ったものがあったの?」


 優しい彼にコクリと頷いて、少し考えた後、銀の指輪を手に取った。


 彼の勧めてくれた指輪だ。


 購入時、財布を取り出す彼と自分をチラリと見た店員さんが、「すぐに身に着けるようでしたら、値札をお取りしましょうか?」と聞いてくれた。


 彼は頷き、退店後、通路の端っこで右手の薬指に指輪をはめてくれた。


「その、左手には、雑貨屋で買えるような指輪じゃなくて、宝石のついた綺麗な指輪を送ってみせるよ」


 照れながら、プロポーズ未満の言葉を紡ぐ唇がやけに愛おしい。


「ありがとう。期待しているね」


 出来るだけ可愛らしく微笑んだ。


 私があまりものを強請る性格ではないからだろうか。


 彼は定期的に、「欲しいもの」を問うてきた。


 その度に、彼が欲しい、もっと一緒にいられる時間が欲しいと思うのだが、

「何も要らないよ。欲しいものは無いから、代わりに、今日は一日中、くっついていてくれない?」

 なんて言葉、付き合いたてのバカップルでは無かろうに、まず恥ずかしくていうことが出来ない。


 大体、真剣な表情でそんなことを言われても、彼の方だって困惑してしまうだろう。


 彼が聞いているのは確実にそういうことではないのだろうし、彼は私が遠慮がちなのを気にしている。


 ヘタな言い方をすれば「遠慮しているんだ、甲斐性無しだと思われているんだ」と思われ、傷つけてしまうかもしれない。


 だからその度にデートを強請って、偶に外出先でプレゼントをもらった。


 このアクセサリーだって、宝物だ。


『あの人たちはバカにするのかもしれないけれどさ』


 以前、友人たちに彼に購入してもらったバッグをドヤッと自慢したら、「それ何処のブランド?」「へえ、あの雑貨店のバッグなんだ。なんというか、可愛い趣味してるのね」と、あからさまに嘲笑されたことを思い出し、少し苛ついた。


 その後も彼女たちは、チラッチラッとブランド品をこちらに見せびらかし、「———さんは、かわいいものねー」とわらい合っていた。


『私に物の良し悪しなんて分からないし、大体、ブランドが全てじゃないし、彼が買ってくれたって時点で、この指輪には五百億カラットの価値があるのよ!!』


 あの日、彼女たちは友人から知人へと格下げした。


 もう二度と、大切な宝を自慢するまいと心の中で誓う。


『我ながら大人げないけどさ……でも、可愛いおねだりを出来るのは、あの人たちで、やっぱり可愛いのはあの人たちなんでしょう? なんか、不公平な気がする』


 モヤつく気もちを浄化したくて、指輪を光にかざし、煌めくのを楽しんだ。


 あまり可愛くはない思考の末、遠慮がちに選んだものだが、それでも指輪を気に入ったことには違いが無かった。


 彼の気持ちにも、指輪そのものにも、喜ぶ気持ちだって、感謝の気持ちだってある。


『かわいいな。ねえ、私、可愛いと思われたいな。貴方にだけは、可愛いと思われ続けたい。出来るだけずっと、私だけを大切にしてほしいな。最近思うんだ、きっと人の心を欲することが、もらい続けることが、一番難しくて贅沢な事なんだって。人の心は変わりやすくて、離れたり、冷めてしまえば、きっと、二度と……ねえ、貴方にだけは、贅沢を許され続けたいな。初めてがたくさんの貴方だけれど、失恋だけは、味わいたくないな』


 温かい心のままセンチメンタルな気分に浸っていると、彼がグイっと体を抱き寄せた。


 真っ赤に照れている彼の胸に、やんわりと体が押し付けられる。


「あー、その、さ、お礼が欲しいな、なんてさ」


 雑貨店はショッピングセンターの角の方にあり、そこから出て通路の端に寄っていた。


 そのため、人通りは少ない。


『一応、人目はあるし、キスは照れるな。いや、誰も私たちのことなんて見てないと思うけれど、でも』


 彼の、期待の浮かぶ瞳がこちらを捉えた。


 一つ頷いて彼を少し屈ませると、その唇に自分の唇を重ねた


 彼が舌で開きかけの歯の隙間をちょん、と押してきたので、少し大きく開くと、嬉しそうに中に入り込んで絡みついてきた。


 絡み返して、押し込まれる彼を飲み込む。


「ねえ、流石に少し、恥ずかしいよ」


 頬や目元に熱が集まるのを感じる。


 彼が深いキスを求めるのは予想がついていたが、それでもなんだか照れてしまって、つい、口を尖らせてしまった。


「いいじゃないか、お礼なんだし、少しくらい……その、ありがとう。好きだよ」


 頬を掻きながらポツリと言うと、それきり静かになった。


 彼は耳まで赤くして、早歩きでショッピングセンターの出口へ向かって行く。


 繋がれた右手は引かれがちで、一緒にサカサカと歩いて行く。


『ああ、かわいい。本当に貴方はかわいい男だ。可愛げのない自分には似つかわしくない、かわいすぎる男だ。死んでも手放したくない。私、出来るだけ貴方を大切にするよ。何ができるかな、貴方は何を望むかな? とりあえず、今から貴方の誕生日のプレゼント代を貯めるね』


 バクバクと心臓の鳴るままに止まらない愛を語って、二人で帰路についた。

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