099 I am a Master and Assistant!?
(来てしまったぁあああああああ……)
このリアクションは以前にもやったなぁ? 我ながらまるで成長していない。
……女の子の部屋だ。女風呂の時といい、俺はまたしても女の体を使ってこういう無防備な空間に足を踏み入れてしまった。
ニコを連れて到着したのはアパートの一室。パスワード式のオートロックを通り抜けて、アパートの2階の角部屋の中だ。どうやらここがニコの家らしい。
玄関の靴の数がやけに少ない。父や母は一緒に住んでいないのだろうか……?
『何頭抱えてんのよ、はやくその女を運びましょ』
「……うっす」
俺の葛藤も空しく、アリスに早くしろと指示を受けたので素直に従うことにした。
「うぅ……お構いなく上がっちゃってください……ソファにでも寝かせて頂ければ……」
「ベッドの方が良いんじゃないか?」
「ベッドはガチ寝しちゃうので……ソファなら仮眠で済むので、そっちでお願いします。ガチでお願いしますね、ベッドで夕方まで寝たら編集長に怒られるので……」
どうやら彼女も彼女なりに大変ということらしい。俺は華奢な靴を脱いで、ニコの靴を脱がす手伝いをして玄関を上がる。
更衣室だのトイレだのを横目に、少しだけ長い廊下を歩くと、開けっ放しの戸の先にリビングがあった。小さなキッチンの横を通り過ぎて、その先に置いてあるソファ――一人暮らしにはあんまり似合わない大型だ――にニコを寝かせた。
「う"う"う"う"う"……ち、ちょっと体調良くなってきたかも……」
「妙な唸り声を上げながら言うんじゃないよ。飯は? そろそろ朝食の時間みたいだけど」
「こ、固形物は吐きます……水を、冷蔵庫にある水をください……2ℓのやつです」
「はいよ……ん、これだな。コップはどこだ?」
「ウチにコップは無いので……基本ペットボトル直飲み族なので……」
「嘘だろ初めて見たわそんな人間」
「……ぶぃ」
何を誇らしげにVサインしてるんだこの子は。
言われた通り未開封のペットボトルを取り出して渡すと、彼女は豪快にぐびぐびと飲み始める。そのまま1/4程度は一気に飲んでしまった。勢いがすげぇなオイ。
勢いよく水を飲むニコばかり見ているのもアレなので、適当に周囲を眺めたりする。女の子の部屋を勝手にジロジロ見るのは良くないことかもしれないが、その家主である女の子ご本人をじっと見ている方が良くない気がした……と、
「って、なんだこのゴミの山は……ってか、よく見たらあんまり掃除してないのか……?」
廊下とかリビングの中央とか、その辺は綺麗に整っている。だが、壁際の周辺――人が歩いたりしないような部分には中身の入ったゴミ袋が置かれて……いや、これは放置されていた。
……うわぁ、特に彼女の作業スペースであろうPC周りは特にひどい。
テーブルの上にエナジードリンクの空き缶やら空のペットボトルやら携帯ゲーム機がとっ散らかっている。分かりやすく修羅場を超えた痕跡があった。
「……ゴミの分別は、一応されているな」
「……ぷはっ、その辺はちゃんとしてますよ!」
「でもこんなに溜め込むことはないだろ……明日は缶、ペットボトルのゴミの日だったか。このあたりのゴミ、あとでゴミ捨て場に出しておくぞ。そこのテーブルの空き缶どももだ。ゴミ袋はあるか?」
「へ? そこの引き出しに……ああっ、別にやらなくて大丈夫ですよぉ!?」
「俺が大丈夫じゃないんだよ! 勝手なのは承知で片付けさせてもらうぞ!」
「うう、なんか申し訳ないです……」
取り出したゴミ袋にポイポイポイ、と空き缶を入れ、次の袋に空きペットボトルを放り込んでいく。ササっとまとめてテーブルの上を綺麗にした。
あとついでに携帯ゲーム機の埃を払い落としておく。使ってないとはいえ、作業場にゲーム機置くのはどうなんだ?
「師匠、生活力高めですね……」
「一応自炊ができる程度にはな。あと埃が多すぎると鼻がムズムズするんだよ」
「そっかぁ……なるほどなぁ……」
ニコが何やら呟きながら頷いている。一体何を考えているのか分からないが、語り手なんて独り言を言ってナンボみたいなもんだ。普通に無視して作業を続ける。
よく見れば普段使っていないのか、台所もゴミの収集所と化していた。弁当のプラゴミの袋の山に缶ゴミの袋とかが混じっていないか確認する――
「……師匠、ちょっと質問なんですけど、師匠は普段何されている方なんですか?」
「何されてるって、なんだよ。もう少し具体的に言ってくれ」
「えっと……普段どんな仕事をしているのかな~って」
…………。
な、なかなか答えにくい質問するじゃないか、この小娘。思わずゴミ袋を落としてしまったじゃないか。
「…………俺は、その……無職、だ」
俺はなんて答えるか少し悩んで、言葉を選ぼうとして――やっぱりそんな回りくどいことはできなくて、直球勝負を選んだ。
自宅警備員とか自称は色々あるけれど、俺は今の自分の立場に誇りがある訳じゃない。少なからず恥ずかしさを感じている。
「無職? 無職って、ニート的な?」
「そのニート。……ねえこの話止めない? なんか自分で言ってて心が傷つく」
フフ、心が痛いです、フフフ。
「……で、でしたら! その、し、師匠!」
「おわぁ、な、なんだ?」
ドン、と水入りのペットボトルを床に置いてニコがソファから起き上がる。いきなり勢いのある言葉を投げかけられたからびっくりした。
体調が戻って来たのか、いつもと変わらぬ調子と勢いだ。何かの覚悟を完了したような瞳で真っすぐと俺を見つめている。
……やはり、彼女のあの真っすぐな瞳には、俺は弱い。息を呑んでただ、彼女の言葉の続きを待つことしか俺にはできない。
「でしたら……私のアシスタントとして、生活を手伝ってくれませんか……!?」
「……な、なにぃ――?」
告白でもするような勢いで、ニコはそんな提案を口にした。
小鳥の鳴く朝の中。連れてこられたそこには、考えもしなかった出会いがあった――




