098 なげけとて 月やは物を 思はする
「うぅ、すみません……師匠……」
ニコの背中に腕を回し、頭の上に腋を乗せてニコを運ぶ。身長差のせいでちょっと奇妙な運び方になってしまうが、こうしないと上手く運べない。
周りからちょっと奇妙なものを見る視線を受けるが、構っている場合じゃない。
「仕方ないさ。その変身酔い? だっけ。変身させた原因は俺にあるようなもんだし、俺からは感謝しかないよ。ありがとう」
俺の様子を不安に思ってくれたニコが助けに来てくれたおかげで、今の俺の命があるのだ。死神に上を取られた時は助けが無ければ死んでいたことだろう……いや、その後の寿命のロウソクの件でも助けられてる。
……助けられっぱなしだな、彼女に。本当に感謝しかない。
「えへへ、感謝なんてそんな――ああいや、やっぱり褒めてください! 褒められると伸びるタイプですので!」
「わぁすげぇ」
「急に雑になったぁ!?」
……真っ向から褒めてと言われて褒めるのは少し恥ずかしいので、はぐらかすように冗談じみた褒め方をする。自分も素直じゃないな、と自覚したり。
「……あ、その道を左に進んでください」
「今更だがいいのか? 他の語り手に住所を教えちゃって」
「私は師匠のことを信じてますからね。これで死ぬ時ゃ自分が迂闊ってだけです」
「堂々としてんなぁ……」
……それからは少しの間無言が続く。
何か、何か話すことはないだろうか。別に会話を絶やしたら困るって訳じゃないけど、今は不思議と何か会話が欲しいと感じた。
それで思い浮かぶことは……ニコの物語について、だろうか。正体はなんとなく推測できているが、言っていいものか悩む。
「……なあ。ニコの物語って、やっぱりその、アレ、なんだよな」
「大体言いたいことわかりますけど、アレってなんですかアレって」
「声に出して良いのかなって……」
『あ、何よ何よ。教えなさいよ。教えなさいって不公平でしょ』
「……俺の物語がすげぇ催促してくる」
『早く早く』
アリスが早く教えろと頭の中で騒いでくる。何度騒がれてもニコに許可をもらうまでは口を割らない所存だ。だから勘弁してほしい。
「別に大丈夫ですよ。聞かれて何かある訳じゃないですから」
「まあそうだよな……明確に弱点がある訳じゃないし」
そう、彼女の物語には吸血鬼伝説みたいな欠点が描かれていない。
むしろ幼少期に関しては超人のような存在で、成人後は人の上に立つような存在。最後の最後まで謎の多い存在でもある。
「ニコ、君の物語は……竹取物語。そのかぐや姫だ」
「……はい、正解です」
頷いてニコは答える。推測通り、彼女の契約している物語は竹取物語だったという訳だ。まあ、“火鼠の皮衣”なんてわかりやすい単語が出てくれば、ある程度学んでいる人なら一発でわかるだろう。
彼女の契約している物語――かぐや姫の話は、こうだ。
ある日翁が竹林にでかけると、光り輝く竹があった。その中には三寸ほどの可愛らしい女の子が居て、育てると三ヶ月ほどで立派な娘になった。
その後は有名な“五つの難題”の話に移る。
仏の御石の鉢、蓬萊の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の珠、燕の子安貝。
……過程は省くが、かぐや姫が出した難題をこなした者は一人としていなかった。
その後は帝からの求婚があり、最後には月の都へ迎え入れられて地上を去ることになる。最後にはかぐや姫から手紙と共に渡された不死の薬を日本で最も高い山――富士山の山頂で焼くことになって話は終わる。
「……でもじゃあ、何で初対面の時に慌てて異世界から帰ったんだ? かぐや姫と12時の鐘は関係ないだろ?」
「私の異世界転移の条件、夜間の月が出ている時なんですけど……あの日は上弦の月だったので、時間がギリギリだったんですよね……たはは」
「ああ、なるほどね……」
上弦の月が没する時間は……確か深夜の12時だったはずだ。だから急いで帰還していたって訳か? おかげで誤った推測をしてしまったのである。
「……最初は、ニコの素の姿を見てシンデレラかと思ったよ」
思えば堂々と推測をアリスに披露して外したもんである。思い返せば恥ずかしい。
そんな告白をすると、突然ニコの足が止まる。彼女の介助をしている身としては、彼女に歩いてもらわないと上手く連れ出せないので困るのだが……
「師匠……それ、口説いてます?」
「へ? ……ああ!? 違う違う、そうじゃない! 語り手としての推測が外れたってだけの話!」
シンデレラかと思った。だなんてまるで美しいと褒めたたえているみたいじゃないか。確かにニコは美形だと思うが、真っ向から褒めるほど俺は屈強な精神をしていないのである。
クソ、なんか俺がまるで恥ずかしいことをしたみたいじゃないか……! 早く! 早く話題が切り替わってくれないか!?
「あ……師匠、そういえば話は変わるんですけど、私の叶えたい夢の話をしていいですか?」
「? ああ、そういえばそんなこと言ってたな。いいぞ。話に飢えてたところだし」
早くこの恥ずかしさを振り払いたかったので、彼女の切り出した話題に乗り込む。
どんな話題か確認していないが、そんな変な話題じゃないだろう――と、
「私、師匠にTSの流儀を叩き込みたいんです!」
「……TSの、流儀ぃ?」
なぁにそれ。
やばい、思ったより変な話題に乗りかかったかもしれない。
「はい! せっっかくTSしたっていうのに、師匠はもったいないですよ! もっと! もっとこう! ドギマギとした体験をするもんです!」
「ドギマギ」
「なのに師匠はなんてもったいな――いや、もったいなすぎますよォ!?」
「いやそんなキレられても困るんだが!?」
実は元気あるんじゃないか? この子。
ドギマギとした経験は……一応風呂場であるのだが、そこは伏せて話しているのでニコは知らない。
「とにかく! 師匠にはこれからの計画としてTSした男っぽいことをたくさんしますからね! 付き合ってもらいますよ! 覚悟してください!」
「……えぇ」
頭に担いだ少女が、なんかとんでもない宣言をしてくる。
……なんか色々選択肢を間違えたかもしれないと、俺は密かに思うのだった。
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