095 乱入者
暗黒に押しかかられる。重みで膝を付く。
『カタル――』
「師匠――」
二人の声が脳に反響する。だが、ノイズのようなもので、一瞬で聞こえなくなってしまう。
まるで砂嵐の中だ。視界も音もまともに拾えない。情報が多すぎて一つ一つを丁寧に拾えないような、そんな感じ。
目の前は当然、自分の指先がどこにあるのかすら認識できない。
それでもなお、更に俺を蝕むように暗黒は俺を飲み込み、呑み込み、のみこみ尽くして――
「はぁ――――!」
その押しかかる暗黒を、俺はビームチェーンソーで切り拓いた。
鍵の剣圧とビームから発せられる熱でカラスの群れは押し退けられたらしい。先ほどのトンネルと同等か、それ以上の穴が開いていた。
「な……にィ……!? そんな馬鹿な!? 今確実に貴様の寿命のロウソクを断ち切って――」
俺を取り囲んでいたカラスの闇を切り裂いた俺を見た死神は狼狽する。
死神の目の前に浮いている俺の寿命のロウソクは、上部を蝋もろとも斬り飛ばされているのにも関わらず、芯の部分に火を灯していた。
命の火は続いている。火を消されれば死ぬということは、逆をいってしまえば芯に火が灯っている限り死ぬことは無い。つまり俺は死んでいない――
「……あれ、なんで俺、生きているんだ……?」
だが、こちらも死神と同様に困惑している。確かに今、命を叩き斬られた感覚があった。命の終わる感覚だ。しかし、心身共になんの異常も無い。
まるでふわりと一瞬の眠気に襲われたかのような、そんな錯覚――いや、錯覚じゃない筈だ。しかし、何故……?
「…………はッ!? こ、これは……!?」
『! カタル、アレを見て! 死神の大鎌の先を!』
アリスの声を聞いて俺は顔を上げる。
顔を上げた先には、死神の大鎌が――それも、刃に炎を纏った姿があった。
「これは……“皮衣”、だと……!?」
……いや、纏っているのは炎だけじゃない。
炎の発生源として、鎌に何かが纏わり付いていた。衣類のように見えるが、アレは、もしかして――
「まさか……アレはニコの武装か……?」
『あの炎……弓矢で放ったものと同じだわ。多分、矢に纏わせた皮衣をヤツの鎌に引っ掛けた……って感じかしら。やり方は意味不明だけど』
アリスの言う通りやり方は不明だが、生き残った理屈はなんとなくわかった。
炎に包まれた鎌でロウソクを切断したら、鎌の炎がロウソクに燃え移って再び火を灯した……ってところだろう。
寿命は削られただろうが、生きている。俺からすればそれで十分だ。
「ふぅ、間一髪でした……師匠に物語の正体を教えてもらってから、対策はバッチリですからね……師匠! 今です!」
「ッ……!」
後方から背中を押されて、俺は武器を構えなおす。
敵は動揺して大きな隙を晒している。この隙を逃せば再び寿命のロウソクを使われかねない――!
「が――ふッ!? コイツ……!」
残された一歩の間合いを一気に詰めて、死神の左肩目掛けてディンプルキーを叩き込む。そのままグリップを握り込み、スイッチを入れてチェーンソーを起動させた。
回転するビームの刃。甲冑と骨の粉末を散らす死神の肩。
敵は硬いが、ビームチェーンソーは確実に敵を捉えて文字通り削るようにダメージを与えていた。
『チャージ最大……今よ! 撃って!』
それだけじゃない。俺は両肩に取り付けられている鍵を腋の下に潜らせて、砲身を二本とも死神の腹部に接させる――!
「ッ――拡散弾!」
「ぎ――――」
俺の合図と同時に、両腋の下にある砲塔から散弾状のビームが同時に放たれた。
標的は当然死神。その胴体に拡散するビーム砲を直に叩き込んでやった。拡散しながら飛んでいくビームに押し退けられてそのまま後方へとぶっ飛んでいく。
距離にして100mは優に超え、死神の体はその先にあった崖下に落下していく。激しい衝突音を二回――壁に命中した音と、恐らく地面に落ちた音を――響かせた。
「やりましたね師匠! ――あ! しまったこれフラグだ! やってない! 師匠はやっていない!」
「……何を騒いでるんだ。倒したかまだ確認が取れていない。警戒し続けてくれ」
「は、はい!」
間違いなくニコに助けられたが、何をしたのか尋ねる暇も感謝の言葉を告げる時間も俺達には与えられていない。まだ敵がどうなっているのか不明なのだ。
鍵のビーム砲を下ろしつつ、警戒心を解くことなく、慎重に崖下の方に歩みを進める――と、
「……! 師匠! 物音です! 崖下から大きな音が――!」
「! なんだ!?」
ドン、と進路上に物音を立てて降り立つ物体。まるで頭上から降ってきたかのようだが、恐らく違う。ニコからの状況報告で察するに、崖下からここまで跳躍で降り立ったのだろう。
その証拠として、目の前の存在に翼も羽も無い。隆々の筋肉、それを覆う剛毛。こいつは、一度見た記憶がある――
「狼……!」
「あの死神をやったのは貴様か」
「……だったらなんだって言うんだ」
「なんでもないさ……まあ、ちょっと相手になってくれよ」
「――ッ! ぐ……!?」
目の前の狼は武装――両手に金属製の鉤爪を構えて、俺に向かって迷うことなく肉薄してきた。
息を吞む暇も与えない突然の攻撃に、俺は咄嗟にディンプルキーを構えてガードすることしかできない。なんとか受け止めつつも勢いに押される。
「ク、コイツ……強い……!? ニコ! 援護を頼む!」
「は、はい! ッ……正面、補正……無し……!」
「――――」
――《マジック・スキル「ソニックバースト」》
「ッ!? 何――」
狼は目の前で指で何かを自身の口元めがけて弾いた。
白く細長い、小枝のような物体。それをガリ、と噛み砕いたかと思うと、語り手特有の音声が鳴り響く。
――嫌な予感がする。
冷たい冷や汗、走る悪寒。
大自然の驚異とか、そういうどうしようもなく強大なナニカを相手にしているような、そんな錯覚を覚える――次の瞬間、
「ウォオオオ――――」
大きく息を吸い込み、大きく口を開き――まるで大砲のように、狼は牙の生え揃った口から凄まじい風圧を発射した。




