094 死神の切り札
「がふ――――ぅ」
「うッ……!」
ビームチェーンソーで死神を外套の上から切り裂いた。決定的な一撃を手ごたえで感じる。
そして、敵もただではやられない魂胆だったらしい。カウンターで放たれた拳で胸を穿たれ、体が壁に叩きつけられたスーパーボールみたいに跳ね返ることになった。
ゴロゴロと背中から転がり、気が付けばニコの足元まで到着したらしい。駆け付けた彼女に起こされた。
「師匠! 大丈夫ですか!?」
「っっ……ああ、軽傷だ。問題ない」
呼吸を整えながら顔を上げる。まだあの死神がどうなったか分からない。だから油断していられない。
「うぉ、ォオ、お――」
腹の底から唸るような声を漏らしながら、死神はその場で膝を付いた。
外套を切り裂かれた死神の胴体は、黒い甲冑の上に人間の肋骨やら背骨が付いているという奇妙な外見だった。外装になっている人間の骨が無ければ黒い騎士に見えたことだろう。
「こわ……アレが死神ですか……!?」
「外套の下の姿があんな感じとはな……通りで手ごたえが硬い訳だ」
ヤツには蹴りだのチェーンソーだの胴体に叩き込んだが、反動を感じるぐらいに硬いのはそういうことだったのか。
「ぉォおおオおお、おノれ……!」
膝を付いている死神が唸り声のような怨嗟を漏らす。まるで呪詛のようだった。
そして、片足を大地に突くように踏み込む。片手を力いっぱいに握りしめる。怒りに打ち震えているかのように、力が籠っている。
「ぐ――ク、ククカ、カッはハハ……!」
――しかし、それは怒りではなく。
それはきっと、喜びに満ち溢れたものだと俺は悟った。
「――貴様の心臓に、確かに、触レた、ぞ……! 語り手ェ!」
そして、力の籠っていた片手には、一枚のタロットカード――“DEATH”のカードが握られていた。
――《チート・スキル「寿命のロウソク」》
無機質な音声が鳴り響く。
名乗り出て来た敵の武装は、たった一本のロウソク。長い蝋の先に小さな火がゆらゆらと揺れている。
宙に浮いているロウソクは、まるで小さな命を象徴しているようで――
「! 師匠! あのロウソクはきっと師匠の“寿命”です! 逸話から考えるに……恐らく――!」
『カタル! 急いでトドメを!』
「ッ――――!」
――マズい、まずい、マズイ……!
アレは確実に致命的になる代物だ。原理も仕組みも不明だが、逸話だけは残っている。あの火を消されれば、俺は死ぬ。
ヤツがハッタリを言っている可能性も捨てられないが、今は万が一にある命の危機を優先する――!
――《ウェポン・スキル「大鎌」》
ゆらりと宙に浮かぶロウソクを手放して、死神は大鎌を召喚して両手で構える。
狙いは明白。あのロウソク――俺の命だ。
“死神の名付け親”の逸話通りなら、あの火を消されて死に至る。そのために大鎌を取り出したならば、きっとヤツはあのロウソクを鎌で切断して火を消す算段だ。
「アリス! 残り時間!?」
『残り10秒! 9! 8――』
「ッ……!」
ブースターを噴かせる。残り時間、残った距離――恐らく、ギリギリか。
ビームチェーンソーを両手に握りしめながら一気に加速する――!
――《マジック・スキル「鴉の召喚」》
「……! 何――」
バーニアを逆噴射して間一髪で制止する。
目の前には黒い壁。召喚された大量のカラス。俺と死神の間を阻むように、カラスは宙で静止するように羽ばたいていた。
クソ、これでは死神の切り札を止めることができない……!
「……逝ぬがいい、小娘。お前の命はここで尽きる――」
獲物を狙って首をもたげる蛇のように、鎌の曲線の刃が俺の寿命に狙いを定める。
それを阻止するために前を進もうにも、大量のカラスが壁になって前に進めない。この武装なら強引に突き進むことも可能だが、それでは到底間に合わない――
「ッ、師匠――!」
――《ウェポン・スキル「長弓」》
――《ガード・スキル「火鼠の皮衣」》
後方からニコの覚悟の籠った裂帛の叫び。振り返ると炎の塊を纏った矢をつがえる彼女の姿があった。
そして、放たれた矢は炎の渦を巻いて俺の頭上を通り抜け、カラスの壁に衝突した。漆黒色のカラスを消し炭に変え、壁に大きなトンネルを造り上げた。
「今の武装の名前は……」
『急いで! カタル!』
「ッ! ああ……!」
呆けている暇は俺に残されていない。アリスからの叱咤を受けて脚力とブースターの推進力で前方へ踏み出す。
カラスの壁に造られた一瞬のトンネルを、俺は全速力で突き抜ける――!
『2! 1――!』
カウントダウンが限界ギリギリに近づく。
それに負けじと、俺もブースターの出力を限界スレスレにまで上げて肉薄する。
俺の肉体には、彼女の願いが込められている。だからここで負けて死ぬわけにはいかない――
――《オーバーリミット、タイムオーバー》
「ぁ…………」
シュウ、とジェットの炎の代わりに排熱口から熱気が噴き出す。
間合いはほんの目の前。大きく一歩跳べば鍵の間合いに届く距離。だが、それでもあと一歩届かないのは変わらぬ事実。
失敗した。届かなかった。成功できなかった。
確定した俺の敗北をにやりと笑うように、死神は声を発した。
「――ゲームオーバーだ」
瞬間。パン、と軽いものが折れる音。
そのまま俺の視界は漆黒色の真っ暗闇に染まりきった――




