092 ジャンル『メカニカル』
――《マジック・スキル「幽体浮遊」》
「ッ……なんだ、貴様は……!」
死神が崖下から浮遊して上がって来る。何かの力を借りることなく、まるで吊り上げられたかのように浮遊していた。
どうやら浮いていたのはヤツの武装によるものだったらしい。鳴り響いた独特な音声が証明していた。
「うわびっくりしたァ!? ……ええっと、師匠? アレってあの時の死神ですよね? どうしてここに?」
「なんでも、俺を付け狙ってたみたいだ。あと、普段の姿の君も狙われてるぞ。だからここで返り討ちにする他は無い」
……さあ、仕切り直しの再戦だ。
地の利も人数有利も取っている。ここで敵を脱落させられなければ、次いつ何処で狙われるか分からない。だからここで全力を以って迎え撃つ……!
「……なあニコ。ちょっとだけ師匠っぽいこと、言っても良いか?」
「……! はい! 何なりとどうぞ、師匠!」
「えっと、その、だな……俺に力を貸してくれ」
「ふふっ、師匠ってよりはお友達みたいな頼み方ですね」
ニコの全身が一瞬光に包まれたかと思うと、ニコは以前の和服姿に戻っていた。
そして彼女の手には、“ジャンル”と呼ばれている本が握られていて、それを笑みと共に差し出している。
「……かもな」
その本を受け取って俺は笑って答えた。
『カタル、“ジャンル”は一度の転移で一冊につき一回しか使えないから気を付けて。あとその間は武装の召喚、使役――つまり、トランプを引くことができないから、その点にも気を付けてね』
「……使い方は」
『本を開いて、勢いよくページを捲ればいい』
「…………」
迷わず本を開く。中身は白紙だが、ぼんやりと白く光っている。それに何か圧力というか、“力”のようなものをヒシヒシと感じて仕方ない。
「……ッ!」
俺はためらうことなくページを勢いよく捲った。
その勢いで本の頁が次々に本から離れ、紙が宙を舞う。俺を中心にぐるぐると渦を巻いて集まってくる。
――そして、宙を舞っていた紙が俺の体に付着した瞬間、全身に力がみなぎり、湧いてくる感覚を覚えた。
全身にロボットの装甲のようなものが追加されていたり、服が改造されていたり。そして新たに武装が外付けで装備されていた。
分かりやすいものとしては、両肩の背中側には一対の鍵状の武器――ビーム砲。鍵の先端に銃口が造られており、今は地面の方に向けられている。
そして背中の正中線には、ディンプルキー――側面ではなく、鍵の表面に凹凸が作られている近代的な鍵が装備されていた。
「……これが“メカニカル”のジャンル武装」
まるでSFとかに出てくるロボットが身に着けていそうな兵器や装甲を俺の体のサイズに合わせて装備させられたかのような感じだ。
装甲部分は防御力が高そうな印象を受けるし、新たに追加されたビーム砲は初めてで、なおかつ念願の遠距離武器だ。これで戦いの幅が大きく変わっている。
「わ! 師匠、かわいい! プラモとかフィギュアにありそう!」
「今は敵に集中しろ……!」
「はぁい。でも! あとで取材させてくださいね!」
隣から呑気な感想を受けながら、俺は背中に腕を伸ばしてディンプルキーを構える。いつもの金の鍵と同じぐらいの大きさの鍵は、まるで大剣のようだ。
だが、これだけじゃなく、この武器はまだ機能を隠している――
「あれは……! ジャンルだと!? まさかこのイベントの……!?」
俺の姿を見た敵が、ジャンルによる武装だと悟り動揺している。
使ってみて分かったが、ジャンルというのは一種の強化形態だ。ただでさえ強力な語り手が更に強くなったのだと思えば、確かにあの死神が動揺するのも分からなくもない。
「師匠、私はどう動きますか。援護に徹するとか、前線に出るとか決めちゃってください」
「……そうだな、ニコは後方援護に徹してくれ。あの弓の腕、期待している」
「はい! 任せてくださいね! ふふん! さぁて、あとは大暴れですよ……ッ!」
――《ウェポン・スキル「長弓」》
パンパン、と両手のひらを打ち払ってニコは百人一首を一枚取り出して武器を召喚する。左手に弓を握り、腰に装備された矢筒から矢を抜き取って構えた。
彼女ほどの腕があるなら、自衛に関しても任せて問題ないだろう。だから俺は徹底してあの敵を討つことだけを考えればいい。
「いくぞ――」
俺はディンプルキーのグリップを強く握りしめる。カチリ、とスイッチの入る音がした。
その瞬間、鍵の側面に取り付けられていたチェーン状の装置からそれぞれ小さな刃状のビームを発して、チェーンは鍵の輪郭をなぞるように走り出した。
……使い手の俺でもびっくりしたが、どうやらこれはビーム刃のチェーンソーらしい。滅茶苦茶なロマン兵器も良いところだが、殺傷力に関しては間違いないだろう。
「さあ、ここからが本編だ――!」
腕の先でビームチェーンソーを唸らせる。
動揺と恐怖心で宙で二の足を踏む死神と、冷や汗をかく俺を表面に反射させながら、ディンプルキーは騒がしく敵を切り裂くことを今か今かと待ちわびていた。




