090 不対等な戦線
『敵影は見つからない……けど、攻撃は上から来た。多分上に居ると踏んで良いわ』
「…………」
偶然にも金の鍵は既に召喚済みだ。杖代わりにしていた時から手放さず持っている。だからあとは巨大化のカードを引けばいい。
巨大化の残数は……あと一枚。しくじれば手は尽きる。
あとが無いということは、慎重にならざるを得ない。
上に登る手段をなくせばその分不利になる。不利になった分だけ自分の死に直結する。この緊張感……明確な形のない恐怖を感じずにはいられない――
――《マジック・スキル「鴉の召喚」》
「……!」
慎重すぎるが故に先手を譲ってしまった。
音声が崖で反響したかと思うと、空が急に騒がしくなる。ここからだと空は少ししか見えないけれど、恐らくカラスが大量に押し寄せてきている。
『マズいわよ! こっちも何か手を打たないと!』
「駄目だ! あっちは“召喚”でこっちは“使役”だ! こんな草木の無い山脈じゃ、あの時みたいな“鳥獣の使役”は使えない……!」
“召喚”と“使役”。その差は体感と経験でしか語れないが、大きな差がある。
あちらは無から呼び出せる様子だが、こちらは既存の鳥獣を操作する感覚に近い。近くに操れる鳥獣が居なければ俺の搦め手は使えない――!
「ッ、くそ……!」
カァカァ、と一つ一つは単純な鳴き声だが、もはや聞き取ることができないぐらいに鳴き声が重複している。
空は既に真っ暗と言ってもいいぐらいにカラスで埋め尽くされていて、崖上が見えなくなってしまっていた。
――《ウェポン・スキル「小鎌」》
「――危なッ!?」
カラスの層を突き抜けて正確に飛んでくる小鎌。
……案の定、カラスはヤツの眼でもあるらしい。カラスの壁はこちらからは見えない遮蔽となっているが、ヤツからすれば丸見え……という様子。まるでマジックミラーだ。
『強引に突き抜けるにも、あのカラスの大群をどうにかするしかないわ。時計の針で撃ち落として!』
「ッ――それしかないか……!」
この肉体――アリスは近接戦においては強力だと思うのだが、その一方で弱点がある。それは遠距離攻撃が無いことと、縦軸の機動力の無さ――いわば空中戦に弱いことだ。
まさに今、遠距離攻撃でカラスを蹴散らすことも、空中を自由に飛ぶ能力も無いことが災いして不利に陥っている。
「ッ、数だけでェ――!」
――《ウェポン・スキル「時計の針」》
――《ウェポン・スキル「時計の針」》
唯一の中距離攻撃を両手に構え、全力を以って投擲する。
少々残酷だが、カラスの群れの十何匹かを撃墜してみせた。
召喚された存在だからなのか、この世界の生き物は等しくそうなるのかは分からないが、死んだカラスは塵状になって消えていく。
とりあえず、死体で足元を取られないのは助かった。次々に時計の針を召喚して撃ち落とす……!
――《ウェポン・スキル「小鎌」》
「ッ、さっきよりも攻撃が見やすくなってきたな……!」
『カタル! 時計の針の残数三枚! 注意して!』
敵の攻撃を回避しながらアリスの忠告を受け取る。
この迎撃は無駄じゃない。カラスの大群は少しずつ数を減らしており、一方的に視野を取れるマジックミラーから、視野を確保しにくい濃霧程度に成り下がっている。
実際、敵からの不意打ちは視認しやすかった。しかし、残数の都合上いつまでもこの迎撃戦を続けている訳にはいかない。
もしかすると、敵はカラスの大群を追加で召喚するかもしれない。
だから今度は敵が次の行動を起こすよりも先に――この、攻撃と攻撃のインターバルに攻撃へ転じるしか活路は無い……!
――《ウェポン・スキル「時計の針」》
『残数ゼロ! 別の行動を!』
「ッ、これが最後のチャンスだ! 突貫する……!」
『な……無茶よ! まだ敵影すら視えてないのよ!?』
「それでもだ! もしまたカラスを召喚されたら振り出しに戻っちまう! 今! この瞬間が唯一のチャンスだ!」
『それは……チッ、ああもう! 無茶ばかりする……!』
――《ウェポン・スキル「金の鍵」》
追い詰められている以上、無茶は上等。
対ドラゴン時の焼き直しのように、俺は金の鍵を地面に突き立てて、その上で跳躍する直前の姿勢を取る。
目標は真上の崖。上に乗るように狙いを定める。
今はカラスの層が薄い。かろうじて狙いを定めることができた。
『角度、距離、問題ないわ……タイミング――』
「――ッ、今!」
――《マジック・スキル「巨大化」》
カラスの層が一番薄いと思われるタイミングで跳躍を開始する。
巨大化の勢いを利用して一直線に狙ったポイントへ跳び、カラスの群れへ肉薄する――!
「防護壁……!」
――《ガード・スキル「トランプの傭兵」》
鋭いくちばしと爪を持つカラスの大群の中を高速で突き抜けるのは、負傷の可能性が極めて高い。その防御としてトランプの盾を跳躍する前方に張る。
空気抵抗で速度がある程度殺されてしまうが仕方ない。安全にカラスの群れの中を突き抜けるためには必要な犠牲だ。
「くぅ……ッ!」
トランプの盾越しに感じる衝撃に耐える。
カラスの群れは突き抜けた。トランプの盾を体から引きはがして視野を確保する――が、
「……何!?」
『敵影が……無い!?』
空中で周囲を見渡す。左右をくまなくだ。
しかし、崖上の何処にも死神らしい影も形も存在していなかった。
「敵は……何処にいる……!?」




