089 襲撃者
『……カタル、アンタやっぱり自棄になりすぎ。無茶しすぎよ』
金の鍵を杖代わりにしてヨロヨロと歩いていると、アリスから案の定そんな指摘を頂いた。
この異様に頑丈な肉体でも疲労感を感じるということは、かなりの無茶をしたということだ。
……いやぁ、確かに無茶をしすぎた。感情に身を任せて暴れるだなんて、まるで子供じみたことをしてしまった。あまりにも後先を考えていない。
「……悪い」
『本当に悪いと思ってるの? いや、悪いとは自覚してるんでしょうけど、思ってても行動するタイプよね、アンタって』
「面目ねぇです……」
なんか俺の知らない俺の本質を見抜かれてしまっている。
さっきまでの勢いは完全に死んで、俺はすっかり謝るだけの機械と化していた。
ちなみに、それで頭のモヤモヤ――ニコの件がスッキリしたかと問われれば、全くそんなことはなかった。むしろ……いや、考えるのはここでやめておこう。
一度足を踏み込むとズブズブと沼に沈むが如く、思考が深み深みに入ってしまうのは俺の悪い癖だ。引き返せるうちに思考を断つ。
「少し休むか……休んだら、今度は北西のモンスター群を討つ」
『戦力的には好ましい提案だけど、今のアンタのメンタル的には好ましくない提案だわ。休んだら撤退して甘いものでも摂りましょ』
「なんだよ、らしくないな。いつもならジャンジャン狩りましょ! とか言うだろ君は」
『……ハァ、自分のコンディションに関しては鈍いわよね、アンタって』
「? 何を言っているんだ?」
『私の推測混じりだけど、キッパリ言っておく。アンタは悪人のフリなんてできない。どうしようもなく正直者よ』
「……?」
それは……悪く言われているのだろうか? 貶されてるのか褒められているのかイマイチ分からない言葉だ。
『あの女――ニコ、だったかしら? ソイツにきつく言って追い払ったのを未だ引きずっているのよ、アンタは』
「それは……」
……否定、できない。
いや、むしろその通りだ。俺はその件をずっと引きずっている。嘘を墓場まで持っていくことができず、現にモンスター相手に八つ当たりをしてしまっているのだ。
「……そうは言われてもさ、もうどうしようもないだろ。ついちまった嘘はさ」
『そうね。その辺はアンタが上手いこと乗り越えてもらうしかないわ』
「簡単に言う……その通りなんだけど。乗り越える、かぁ……俺が一番苦手で、今もできてないことなんだよな」
よっこいしょ、と地べたに座りながらため息のように言葉を口にする。
自分の過去をそう簡単に乗り越えられれば、俺は今のようなニートにはなっていない。実に難しい話だ。
『ちょっと話が逸れるんだけどさ、もしアンタが良ければで良いんだけど……えっと』
「? なんだよ、らしくなく遠回りな言い方だな」
『いいじゃないの私が遠慮したって。コホン、それでなんだけど、アンタの過去をいつか話せるようになったら聞かせて欲しいなって。あの話が全部じゃないでしょ?』
優しくそんな提案を受ける。
…………。
「それは……うん。もっと色々、ある。話そうとすると……気分が悪くなるけど」
……多分、脳が拒絶しているんだと思う。今みたいに、ちょっとでも思い出そうとすると喉の奥にすっぱいものが溜まるのを感じる。
うん、だけど、いつか話せる時がもしも来たら、その時は少しだけ愚痴をこぼしても、アリスは聞いてくれるのかな――
――《ウェポン・スキル「小鎌」》
「――――!」
『カタル! 真上!』
「ッ……! ――ぐッ!?」
――転がるような雑な回避。
間一髪だ。あと一呼吸ぐらい反応が遅れていたら脳天に得物が突き刺さっていたかもしれない。
「ハァ――ッ、まただ! またあの“鎌”だ……!」
『構えて、死神が来るわよ……!』
地面には小鎌が二本深々と突き刺さっていた。
この攻撃は以前にも経験している。“死神の名付け親”の死神がまたしても襲ってきたに違いない……!
「――また避けるとは、運が良いだけではないようだな」
何処からともなく声がする。声の出どころは掴めない。
……敵は何処から襲ってきたのか。ここは崖に挟まれた谷間だ。上を取られている可能性が高い。
「……語り手同士、やり合おうって口か」
「お前には姿を捉えられたからな。俺の姿を見たものは例外なく殺している……まずはお前が死ぬ番だ」
……考えろ、俺はどう行動するべきか、分析しろ。
足場には瓦礫が転がっている、崖上までは……四階建ての建物よりも高いかもしれない。崖上に行くには先ほどやった金の鍵と巨大化の二つを掛け合わせて跳躍する他ない。
「俺の番? ああ、お前さんと出会った時に居たもう一人の女は、もうこの異世界には来ないぜ。お前が相手にするのは俺が最初で最後だ」
会話を絶やすな。相手は油断か余裕の表れか、俺の会話に応じている。
時間は稼げるだけ稼げ。稼いだ分戦術を練れ。
……とにかく、俺の行動は上を取る。それが大前提だ。真っ向勝負をするには対等な地形でなくてはならない。
「何? お前が殺したのか?」
「ああ、悪いがお前より先に退場させてもらったよ」
「あの女はお前の仲間だと思っていたが……いやはや、親しくなってから裏切るとは、案外血も涙もない女だな」
「…………そうさ、俺は最低さ」
静かにトランプへ手を伸ばす。
戦いの火蓋はこちらから切らせてもらう――




